紫式部の暗号

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源氏物語を気象という切り口で読み解く、興味深い書物。
帯のキャッチコピーに、紫式部は平安の気象予報士だった、とある。
気象予報士の著者は、物語の文学的かつ抒情的な記述のなかに、気象科学的な裏付けを探り、さらに味わい深い読み方を教えてくれる。

当然のことながら、平安時代の人々、それも稀有な観察力と構成力、心理描写に優れたストーリーテラーが、気象情報を物語の効果的な演出のために利用しないわけがない。
それは物語にとって、あまりにも重要な要素である。
古代より日本人は、自然現象に人間の営為を投影してきた。
紫式部のような天才でなくても、今日の我々よりはるかに鋭敏に、また思い入れも深く、気象に接してきたはずである。

私たちはデジタル化された指数に頼り過ぎて、観察を言葉にする技術をその分、後退させてしまったように思える。
そこで源氏物語を深く読むことで、その感性を少しでも回復させられないか…

本書は、文学作品を科学的解説によって納得して終わり、なのではない。
自然を脅威と感じ、自然に慰撫され、美意識を洗練させ、人工や人事に反映させた、失われた感性の復権!

人類の歴史、ひいては地球の歴史、宇宙の歴史からすれば、平安時代というごくごく短い期間に生きた、砂粒のように小さな人間が、生かされる条件とどのように付き合って、どのような一生を送ったか…
ささやかで、同時に限りなく豊かな生がそこにあろう。
光源氏の栄華も、姫君や市井に生きる庶民の生活も、圧倒的な自然条件によって拘束されているのだ。
同時に恩恵に浴している、と言ってもよい。

暁、曙、明け方などの語の、微妙な違いを感知する能力も余裕も現代の私たちは失っているように思う。
有名な古今和歌集の歌に

秋きぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる

がある。
まだ真夏といってもよい暑さのさなか、立秋の気配を吹く風によってふと知らされるというものだ。
都会のコンクリートジャングルでも、千年以上の時を経てなお、同じように「秋立つ」日を感じることができるのも、先行する文学からの贈与あればこそだ。




※ 紫式部の暗号  石井和子 著  三五館(’16.11)

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