リハビリは片手間ではできない

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変形性股関節症で人工関節置換術を受けてから4週間近く経った。
今日もホームの廊下を行ったり来たり、インターバルをとりながら、ふつうの歩行に加え、横歩きや太ももを高く上げての歩行を繰り返す。
戸外でのウォーキングははるかに疲れるので、自信のない時は、廊下での歩行や自室での筋トレ、スクワットにとどめておく。

ホームのナースは退院後の私がどんな状態で戻ってくるのか、心配したらしい。
回復力の早さに驚かれた。
しかし、外を歩く時、足が鉛のように重いのはどうしたことか。
いつになったらフットワークの軽さをとりもどせるのだろうか。

病院の若い看護師に「日にち薬」という言葉を教わった。
焦っても、回復の要は時間である。
またリハビリで筋力をつけることの重要性を諭された。
といってもリハビリ病院に転院したり、通院することもなく日常に復帰した。
考えてみれば、入院する前から、痛みを避けて運動量の少ない生活を送っていたのだから、回復に倍の時間がかかるのは仕方がない。
焦ることの不毛を思い、粛々と地味な運動を反復する。

当初はリハビリなど片手間にできるものと楽観していたが、とんでもない。
リハビリを優先順位の筆頭に位置づけ、他の雑用には目をつぶって、まずリハビリに時間を割く。
そうしなければリハビリなどできるものではない。
そうした覚悟は以前の私にはなかったものだ。
成果は少しずつでも実感できるので、自分を守るのは自分だけ、と孤独なトレーニングは続けられるのだ。

一昨日、ホームのお仲間が逝去された。
懸命なスタッフによる看取りの介護に頭が下がった。
ひとり旅立たれる寂しさは慰めようもないが、看取りのスキルが癒しの文化へと高められるのは、介護する側の成長があるからだ。

亡くなられたSさんは日頃からウェルネスを心がけ、決して弱音を吐かない気丈な方だった。
廊下を歩きながら、何度Sさんの姿が頭を過ったことだろう。


※ 冒頭の写真は、ホームでの昼食(2/20)
  中華丼、ぜんまいのナムル、ワンタンスープ、杏仁豆腐


映画「ミッドウェイ」を観て

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コロナ禍のなかで、映画館や美術館に行く習慣をすっかりなくしてしまったので、居ながらにして楽しめる上映会はありがたい。
ホームで、以前からスタッフにリクエストしていた「ミッドウェイ」が上映された。

日米公平に描かれている、と定評のある本作品。
映画的には、VFXを駆使した航空戦のリアリズムに圧倒された。
映像の面白さを存分に堪能させてくれる。
戦後75年以上が経ち、映像のみで知られる太平洋戦争が、実際行われたということ自体、今では非現実的な感じがするくらいだ。

ミッドウェイ海戦は、それまで戦力で勝っていた日本が、敗戦への道に転じるきっかけとなった重要な戦闘だった。
これからずるずると酸鼻な敗走を続け、ついに無条件降伏することになった史実から、まず私たちは、戦争をはじめてはいけない、という教訓を導き出す。
つい先ごろ亡くなった、昭和史研究の半藤一利の言葉でもある。
タカ派と言われた政治家でも戦争を体験した人間ならば、はじめるのは簡単でも終えるのは難しい戦争というものの実態を知悉していたからこそ、一触即発の政治局面で慎重に行動したものだ。

物量で勝るアメリカに対して持久戦で臨めば負けるのは必至である。
しかし、奇襲戦で有利につき、敵国から譲歩を引き出そうという考えは甘かったと言わざるを得ない。
たった3日間の戦いは、大型空母4隻の損失を持って、戦場を離脱することになった。
戦争には錯誤と偶然が重なり、当初構想したシナリオ通りに進行しないのはあり得ることだが、本作戦においては、日本海軍の暗号がアメリカによって解読されていたことが大きな敗因だったとはよくいわれることである。
本作戦で中心となった南雲中将率いる第一機動部隊は、様々な点で当時世界最強の実力を評価されている。
当時の日本軍がアメリカよりはるかに優勢であり、非常に恐れられていたということが、今の私たちには不思議でさえあるのだが。

ゼロ戦の活躍を見れば、日本の技術力の高さ、パイロットの血のにじむような訓練の結果、…etc.これらが戦争ではなく、平和のために使われたなら、と考えてしまう。
戦争はリアルに描けば、とても映像化できないだろう。
ただ海空戦のみが、華々しい死を抽象化して、観る者に矛盾した感情を引き起こす。
戦争は、組織として動くことの究極の合理性を知らしめ、同時に危険を喚起する。

スタッフの一人は叔父さんが空母加賀に乗艦していたそうだ。
加賀は一昨年、ミッドウェイ環礁の深海から船体の一部が発見され話題になった。
翌朝、特攻隊の生き残りであるY氏に映画の感想を伺うと
アメリカ側の映画だから、理解できないところもありますね
ということだった。
直接体験者の話を聞く時間はあとわずかしか残されていない。



大いなる眠り

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よくよく考えて準備したつもりでも、いざ入院となると、とるものもとりあえず、あたふたと病院に駆け込むことになる。
何も用意せずともレンタルで間に合う昨今。
身内の面会さえままならぬのであれば、却って家族を煩わせることもない。
コロナへの警戒から、病院は今までより以上に除菌・衛生に気を遣っている。
一方、医療体制の逼迫から手術が先送りされる事例も少なくない。

不幸中にも幸いなことに、紹介状持参で診察を受けてから、間もない日に手術の日取りが決まった。
整形外科医はとても若くみえた。
にわかに心配になり、次の受診の時に、妹にも診察室に入ってもらった。
「どう思う?」
「自信がありそうだわ」

都立の病院は建て直されてから10年ほど。
手術室は15室。
眺望がよく、3階までの吹き抜け空間が三密とは程遠い、換気の良さを伺わせる。

入院して翌日が手術である。
退屈しのぎに、レイモンド・チャンドラーの「大いなる眠り」を持参した。
大いなる眠り、つまり「死」である。
偶然とはいえ、縁起でもない。

フィリップ・マーローが主役になる第一作である。
女だって、フィリップ・マーローのように生きたいと思う。
組織に属さず、一匹狼でハードボイルドに生きることの不可能性…
それがあまりにも明瞭なので、ヒーローの生きざまは永遠の理想となる。
時に妥協しつつも、誠実を貫こうとするヒーローに憧れるのである。

人間通のチャンドラーの観察眼は、医者という職業についても、シビアな視線を注ぐ。
医者はインターンの時代に人間の秘密を知りすぎているので、人間について興味を失っている、のだそうだ。

執刀医のM先生も、患部だけ見て、まるごとの患者は見えないのかもしれない。
血圧が安定せず、術後降圧剤のせいで、一時血圧が60まで下がった。
看護師の慌てる様子に、あわや「大いなる眠り」が訪れるところだったのかもしれないな、と思った。
死はいつも隣りにある。

運を左右するのは何だろうか…
おかげさまでリハビリも順調に経過し、2週間後には無事退院することができた。


※ 大いなる眠り  レイモンド・チャンドラー著  村上春樹 訳
                早川書房(’14.7)
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ブロードキャスト 港かなえ 著  角川文庫(’21.1)
平日には、1階にあるコンビニが日用品をワゴンにぎっしり積んで、病棟をめぐる。
文庫本も4冊ほど積んでいたので、本書を読んでみた。
高校生の青春小説。昨今の高校生気質がうかがわれる。
テレビドラマやラジオドラマの特徴や書き方を指南してくれる、という余得もある。

老いをみつめる 老人ホームの日常

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X氏がA氏に、私が遭遇する限りでは、2度目の談話を試みている。

「ところで、奥さんはどうされました?」
「まだ病院です。面会ができないので」

昼下がりのダイニング・ルームでこんな会話が交わされる。
実はA氏の奥様は、昨年すでに他界されている。
A氏の意向で、ホームの住人には敢えて伝えられないままだ。
風聞で知った人も、A氏との付き合いのなかで、その話は封印されてしまっている。
何となく気まずく、打ち解けた話ができない。

人の死はしぜんなことである。
老いて、平均寿命を越えての往生となれば、喪失感も諦めという名の癒しで償われる。

それが老人ホームでは、ネガティブなニュースととらえられる傾向がある。
皆でお悔やみしたい、という願いはかなわず、宙吊りのままだ。

A氏の気持ちはどのようなものなのか。
親交の浅い住人たちだが、同じ釜の飯を食う仲である。
命の儚さを思い知り、寂しさも一入だ。
一方、A氏の心の内が推し量られるような気もする。
私は悔やみの言葉を言うのも聞くのも苦手である。
できれば無言で通したいほどだが、そうもいかない。

1年7カ月余の間に、二人のお仲間を喪った。
最近具合が悪く、自室に食事を運んでもらっている人もいる。

元気な姿を見せていても歳は争えない、ということがここへ来てよく分かった。
老母の日常が気になり、電話をする。
相変らず、能天気な明るい声を聴いて、いっとき安心する私がいる。


※ 冒頭の写真はエレベーターホールの花
  
  明後日より実家に帰ります。
  一カ月近い滞在になりますので、ブログはしばらくお休みします。
  またお会いしましょう。

老いをみつめる 

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老人ホームで生活するということは、紛れもなく老いを見つめつつ、自分に残された時間について考えることだと誰しも思うだろう。
ところが、日々は人間臭い出来事を満載しながら、無自覚に流れてゆく。

若いTさんは、まずは介護福祉士の資格を取るために勉強中だ。
一方、仕事は仕事で、待ったなしで種々の介護とサービス、環境整備という名の清掃などに、明け暮れる。
夜勤も少なくない。
住宅型のホームで、体力にまだ余裕のある利用者は、Tさんを励ますのだが、一抹の後ろめたさが過らずにはいない。
すべてのサービスには対価が伴う。
だからといって、若者の奉仕(労働)を当然の如くに受け取れない、滓に似た負い目が残るのだ。
家族や夫婦、恋人たちの間に介在するとされる愛という名のイデオロギー。
愛は常に対価を伴う笑顔(しばしば職業的)に勝ると言えるのだろうか。

「介護がしたい」と言って、当ホームを辞めた人がいた。
「どんなにがんばっても家族のそれとは違うんですよねえ」とため息をついていたのを思い出す。
それはそれで、尊い奉仕である。
ほとんど本能と呼ぶべき行為である。

人類の歴史のなかで、介護あるいは老いはどのようにとらえられ、老人はどのような待遇を受け、看取られてきたのか。
その断片的事実から、私たちもどう振舞えばよいかを学ぶことになるだろう。

大晦日だったか。
お風呂に行こうとして、間違ってロビー階のボタンを押した私は、開いた扉から、トレーナー姿も甲斐甲斐しく、たったひとりで正月の設えに奮闘するTさんの姿を目撃した。
目が合うと、照れくさそうに笑った。
静かな夜だった。

孤独な夜勤が明ければ、住人たちは、緋毛氈の上に美しく飾られた花と、お屠蘇セットが行儀よく並んでいるのを目にするばかりだ。
新年を迎える清々しい気分とともに。

※ 冒頭の写真はエレベーターホールに活けられた花
  蘭を入れると全体が引き立つと、生け花担当Kさんの言葉。

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1月15日のレイトショーは「釣りバカ日誌」
22作品中の第一作(1988)を上映。
観客は男性2名に私だけ。
ビギナーであるはずの会社社長(三国連太郎)の釣り姿の方が堂に入っている。
かつて三國連太郎が「東洋のジャン・マレー」と言われたことを知っている人は今ではどれくらいいるだろう…

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1月16日の昼食 豚ばら大根 青梗菜の煮浸し きんぴらごぼう


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1月15日 ガーベラ ユーカリ コアラリーフ ミモザ モカラ スプレーバラ ベアグラス カーネーション


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1月15日 アマリリス ボケ

さらば愛しき女よ

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村上春樹訳の「さようなら、愛しき人」(レイモンド・チャンドラー著)を読了まで30ページほど残したまま、旧訳(清水俊二訳)の文庫本をカバンに入れてタクシーに乗った。

実家と往復していると、リモートワークの難しさが推測できる。
二か所に分散した資料の双方が必要な場合、まだペーパーレスに完全に馴染んでいない社会で仕事を完遂するために出社するのはやむを得ないだろう。

そんなわけで、期せずして、村上春樹と清水俊二の翻訳を比べることになった。
レイモンド・チャンドラーの作品の描写のすばらしさは、村上春樹も絶賛するところだが、皮肉の効いた台詞、シニカルな人生観、絶妙な比喩、…etc.は甘く、切ない人生を切り取って、小説を読む楽しみを存分に堪能させてくれる。

人物描写は真に生き生きとしていて、まるでフィルム・ノワールを観るがごとくである。
最初は売れなかったというレイモンド・チャンドラーだが、日本でも最初に翻訳したのは、探偵小説の専門家ではなくアメリカ映画畑の翻訳家だったという。
字幕スーパーでお馴染みの清水俊二訳は、ひとめで読み取れるテンポの良さという点で、まさに映画的だ。
村上春樹は逐語的な訳し方で、作者へのリスペクトと愛着が感じられる。
原文の味わいをより濃厚に残しているのではないだろうか。

いずれにしてもフィリップ・マーロウという一匹狼の探偵の生き方に、読者はぞっこん魅せられてしまう。
畳の上では死ねない、とは彼のようなヒーローのことだ。
現実と理想の間には、深い溝があり、読み手はその隔たりを意識しながら、理想は理想として深く心の淵に秘めて生きていくのだと思う。

チャンドラーの小説のある人生と、チャンドラーの小説のない人生では、確実にいろんなものごとが変わってくるはずだ。

翻訳者村上春樹の言葉である。
コロナによる驚異のさなかで、人間どうしの葛藤の物語を読むことは、逃避だろうか、或いは単なる懐古趣味だろうか…


※ さようなら、愛しい人 レイモンド・チャンドラー著 村上春樹訳
                        早川書房(’09.4)


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さらば愛しき女よ 清水俊二訳 ハヤカワ文庫(’76.4)

シチリアのワイン

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希少な、シチリアのワインをご相伴させて頂いた。
隣室に入居されて間もないMさんは、フィレンツェ滞在一年の経験もあるイタリア通だ。
お仕事柄、料理にも精通しておられる。
そのMさんが御馳走して下さったのが、「ミッレ エ ウナ ノッテ」

1月3日夕食のメニューはステーキだった。
メルシャンで販売されるチリワインで十満足している私には贅沢過ぎるくらいのものだ。

ネロ・ダヴォラという土着の品種に他の葡萄をブレンドしてつくられるという。
Mさんによると、その配合は企業秘密だそうだ。
フルボディでありながら、果実の凝縮された純一な香がする。
とても上品なワインだ。

夕食を頂いた後で、やはりワインの好きなIさんをお呼びして、3人で歓談とあいなった。
Iさんは、見学時、厨房にキープしていたワインを、一人寂しく飲んでいる私を見かけたらしく、少し驚かれたそうだ。

まだ入居者の少ない当ホームで、ワインを挟んで、静かに語り合える仲間がいるということは、ありそうで無い風景だろう。
いずれにせよ、この歳になって、新しい友達ができるというのはうれしい。


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1月3日の夕食
ステーキ、一口ナポリタン

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1月4日の昼食
豚肉と白菜の重ね蒸し、カリフラワーの甘酢和え、ひじきの煮物
この重いパラソルをセットするには男手が必要だ
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1月4日 鮮度を保ちながら、花を絶やさないようするのは大変だろう
    スタッフの心遣いに感謝!

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X氏の繰り言

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年越しそばを食べていると、すぐ前の席のX氏が帰り支度をはじめた。
私は、もくもくと蕎麦をすすり、X氏と目が合わないようにしていた。
というのも、X氏は話好きな上に、その内容が限りなくリフレーンするという「癖」を持っているからだ。
入所者はそれを知って、関わり合いを持ちたがらない。
X氏もその空気を読んで、スタッフ以外にはめったなことでは進んで話しかけようとはしない。

この間、そのX氏が、もう一人の男性入居者であるY氏の前に座って、何気ない談話を試みる姿が見られた。
Y氏の方は、自動車部品の会社を経営する、謹厳実直な技術屋だ。
余計なことはいっさいしゃべらない、という風であるが、一方腰の低い、礼儀正しい紳士である。
少なからぬスタッフの尊敬を集めている人だ。

Y氏は慇懃で明瞭な受け答えをしていたが、「ははあ」「ほほう」など相槌ばかりである。
話の接ぎ穂がないので、さすがX氏の話も盛り上がらない。
それ以来、X氏はすっかり他人とのコミュニケーションを断念してしまったようだ。

顔を上げた瞬間、私にもかすかな悲哀が萌したのかもしれない。
あまりにそっけない自分の態度が、急に嫌になったのだ。
私の目に微笑が宿っていたのだろう。

「ここいいですか」と向いに座ったX氏、すっかり話し込む体勢である。
開口一番「いつ死んでもいいのです」
という。
息子も娘も立身し、孫たちもすでに社会人という、X氏の一族は、他人から見ればうらやましいくらい順調な、問題のない家族である。
X氏自身も、夜学に通う一方、高卒の資格で一流の保険会社に入社、実力で出世した。
「私自身、成功者を自認していました」
という口調は、よくある手柄話などではなく、半ば自嘲気味の悔恨の情さえ伺われる。
営業マンだったX氏は転勤を重ね、その都度出世の階段を上って行ったのだろう。
二番手三番手に甘んじていたくなかった、という口ぶりは、静かであるが現役時代のモーレツぶりを想像させた。

ここにX氏の述懐を縷々書き連ねようとは思わない。
X氏からみれば若輩者の私にもいつか同じ話を、まるですり切れたレコードのようにリフレーンする日がやってくるかもしれないのだ。
X氏の悔恨は、いくらかは私のそれでもあるのだから。


※ ホームお隣に鎮座するお稲荷さんの祠 
  こちらのホームが建つまでは、一帯の山林の守護神だったのだろう


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2021.1.2

頌春 行事食

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あけましておめでとうございます

山形から到来した啓翁桜が咲きました。
前日活けられた時はまだ蕾だったのに…
大晦日の朝のことでした。
疑似的に冬を体験させた桜は、温室の暖かさに春が来た!と勘違いして早々に芽吹いてしまうようです。
一足早く春を届けてくれた桜花が、新型コロナの克服を予兆するものとなりますように!

今度のコロナ禍が、はからずも強烈な文明批評になっているのは、皮肉なことです。
人類の歴史の中で、似たようなウイルスが現れたことは過去にもあったはずです。
それがこれほど広範な感染を招き、犠牲を強いたのは、過密な都市化現象と行き過ぎたグローバリズムのせいであることは、もはやだれの目にも明らかです。
ずっと遥か昔だったら、風土病として地域に封じ込められていたはず、と思うのですが。

人間のとどまるところを知らない欲望がこの事態を引き起こしている、と考えることは、私たちの価値観、文化・文明を厳しく見つめ直す上で有効です。
大変な荒療治となりますが。
今年は、あらゆるレベルで、このことが真剣に問われることになるでしょう。
特に、次の世界を担う若者たちには、大いに考えて欲しいところです。

一人の幸福は決して孤立したものではないのです。
必ずや隣人の幸せによって支えられているものなのです。




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12月30日の昼食
からみ餅、きな粉餅、あんころ餅
皆で和気あいあい、搗きたての餅を丸める作業は中止になりました

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大晦日の年越しそば にしんそば


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元旦の朝食
柚子伊達巻、くわい、黒豆、栗きんとん、筍煮物、人参ねじり梅
お雑煮はすまし

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エレベーターホールのアレンジ


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フェンス越しに白い富士山がくっきりと見えました


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10時のお茶会
俵屋吉富の干支の練りきりと桜湯

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元旦昼食
棒鱈、有頭海老、黒豆、数の子、金柑甘露、紅白なます
お雑煮は白みそ仕立て
様々に工夫して元日のお膳を調えてくれるスタッフに多謝!

ステイホームで年賀状を書く

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年賀状の売れ行きが好調だったという。
駅の改札前で、郵便局員たちが寒そうに足踏みしながら出店しているのは、いつもの歳末風景だ。
今年はステイ・ホームの影響か、年賀状を通じて、旧知の仲とふれあいたい。
そんな思いで、簡便なメールよりも年賀状を選ぶ人が増えたのかもしれない。

私も、今日こそはと思い、年賀状作りにいそしんだ。
といっても、簡単に済まそうと考える一方で、始めてしまうと写真のレイアウトや色彩、フォントが気になって、結構手間取った。
何よりも、年賀状の冒頭の賀詞を素直に選ぶことができない。
「頌春」という言葉が好きだったが、これは一般に目上の人には使わないということを、最近になって知った。
コロナの猛威が続くことが予想される新年に、明けましておめでとう、とは習慣に過ぎなくても、あまりにも虚礼過ぎやしないか、という気持ちが頭をもたげる。

年賀欠礼のはがきが来ているのをうっかり忘れていて、プリントしてしまったり
再婚して苗字が変わった人に、旧姓のまま印字してしまい、直後に気づいたり。
名簿の更新ができていないし、注意力不足でボンミスが続く。
そういえば、亡父は年始に名簿整理をして、宛名だけは毛筆で書いていたものだ。
私も、直筆で一筆は添えようと考えるのだけれど、心温まる、新年を寿ぐような気の利いた一言がなかなか出てこない。
最後に古い字体を篆刻した印を捺して、何とか格好をつけた。

生憎の雨模様…
日本海側や山沿いは「とんでもない雪」になるだろうと予報されている。
ついでだからという言葉に甘えて、隣室のMさんに投函をお願いする。

いつの間にか年賀状が来なくなった年上の友のことに考えた。
やはり出すべきだったかしら、と微かに後悔している自分がいる。


※ 冒頭の写真は、ガーベラ、ポリシャス、ベアーグラス、ドラセナ(12/25)


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ケイトウ、エリンジウム、コアラリーフ、ユーカリ、こしょうの実(染めてある)


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レイトショーでは、「ラスト・クリスマス」が上映された。(12/25)
クリスマスらしく、心が温かくなるものを、とイベント係のスタッフは考えたのだ。
実は、重いテーマの隠れたメルヘンだった。

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12月26日 夕ぐれの風景