松方コレクション展

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「松方コレクション展」が開かれている西洋美術館に出かけた。
ひと頃の暑さもようやく終息か、という9月12日。
会期終了も間近な週日、すでにチケット売り場前には長蛇の列ができていた。

レストラン「すいれん」にて、従兄と待ち合わせた。
外の椅子に座って空席を待っていると、こちらもあっという間に人の列ができ上がった。

常設の松方コレクションならいつでも観ることができるのだが、コレクションの全貌を知りたい、という人が、根気よく列に並ぶのだろう。
コレクションを見終えた結果、やはり来てよかった、という感想を持った。
展覧会というといつでもそうなのだが、行くまでは期待より億劫さが先に立つことがしばしばある。
以前から複製を観慣れていても、本物は力強いオーラを放って鑑賞者を惹きつける。
本物が持つ力は、美術館に出かけなければ味わうことができないものだ。
松方コレクションには、ルノワールあり、ゴッホあり、クールベあり、…
ブリューゲル、モローまで含まれていて、その蒐集の幅の広さに圧倒される。
モネなどは、直接画家から買い求めた作品も多く、キャンバスの前に立って絵筆をふるう画家の姿を生々しく喚起させるのだった。
贋作が話題になり疑念を抱かされる展覧会もないではないが、コレクターの松方と、仲介人、画家その人との関係が近ければ作品も信頼できる。

松方幸次郎は、第一次世界大戦の特需により巨利を得て、それが膨大なコレクションにつながった。
川崎造船はその後、金融恐慌の時に、三千人以上の解雇者を出すことになる。
一部のコレクションは売らざるを得なかった。
ロンドンで保管されていた作品は、1939年の火災で焼失。
第二次世界大戦ではフランスに預けられていたコレクションは、敗戦国の財産として接収されている。

絵画が画家の手を離れてから辿る運命は、作者さえ知りようがない。
人間の運命以上に数奇である。
稀代の傑作として購入を勧められて購入したゴッホの「アルルの寝室」は、フランス政府に没収されたまま返還叶わず、今回はオルセー美術館より貸し出された。
それにしても何と多くの、重要な作品を蒐集したことだろう。
作品を鑑賞するだけでなく、コレクションの成立経緯を知る上でも興味深い特別展だった。




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アルルの寝室 ゴッホ(1889)


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鳥罠のある冬景色 ピーテル・ブリューゲル(子)


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牢獄のサロメ ギュスターヴ・モロー(1873~76頃)


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すいれん にて ’19.9.12

櫻井よしこ著「何があっても大丈夫」

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櫻井よしこ氏は、右派、右翼、right wing に位置づけられるジャーナリスト、言論人だ。
韓国の従軍慰安婦や徴用工問題では気を吐いた。
詳細な調査を踏まえた上で、左派の主張に切り込む姿勢は、なかなか魅力的に映る。
論戦における冷静さ、話術の巧みさ…に間然とするところがない。

人物に興味をもち、回想記「何があっても大丈夫」を読んだ。
表題は、著者の母親の口癖である。
どんな困難に遭遇しても前向きに対処してきた人の、楽天性と自信をあらわす言葉だ。
一読して、逆境に陥っても決して他人のせいにすることなく、自力で前に進む母親に励まされて、今日の櫻井よしこがあることを知った。

ヴェトナムで生まれ、ハワイ大学で学位をとる。
華やかな国際性を印象づけられるが、物心ついた頃にはすでに実父は去り、女手ひとつで育てられる。
当然、経済的自立も早く、複雑な家庭環境の中で、葛藤を抱えながらも岐路に立つたびに臨機応変に対応してゆく姿勢が清々しい。
ウェットな精神風土の日本人としては、それこそ国際的と評される資質ではないだろうか、と思う。

一方、櫻井よしこ氏に共感しながらも、私が思うのは、「真実を伝える」というジャーナリズムの難しさである。
言論のあり方として、対立軸を鮮明にする手法に、疑いを抱くことがしばしばあるからだ。
左派、右派のレッテル張りをすることによって、問題点が分かりやすくなるという効用はあろう。
しかし、人は、ある時は左派で、ある時は右派ということもあり得る。
ぶれているのではなく、柔軟に客観的に考えれば、問題は自ずと多様な見方を強いる。
ディベートが流行るが、まずレッテル張りを止めて、理解し合い、学び合うという基本に立ち返ってみてはどうだろう。
問題によっては、あるいは判断を留保せねばならないこともあるだろう。
歴史を十分に検証するのは、知り得る限りの事実を発掘した上でのことだ。
イデオロギーが先に立つと、得てして水掛け論に陥りがちだ。
人間は複雑な生きもので、人事は錯綜している。
恨みが目を曇らせ、記憶は変質を免れない。

個人的には、従軍慰安婦及び徴用工の問題では韓国を非難したい。
しかし、例えば「南京大虐殺」ひとつをとっても、現場にいなかった者が真実を知るのはとても難しい。
結局は人間という存在についてどこまで深く考えられるか、がジャーナリズムの基本だと思う。
言論そのものではなく、だれが何を言ったかで世論は動く。
危険であるとともに、時間に追われる現代人にとって、ジャーナリストは代弁者として便利なツールでもあるのだ。


※ 何があっても大丈夫  櫻井よしこ 著  新潮文庫(’14.7)

宮前図書館のワークショップに参加しました

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9月7日、土曜日の昼下がり、宮前市民館の大会議室で開かれたワークショップに参加しました。
まず図書館のあり方に興味があったのはもちろんですが、これから川崎市民として生きてゆく上で、まず地域に住む人たちの意見に触れたいと考えたからです。

予め宮前市民館・図書館に関するアンケート調査があり、その際、今回のワークショップへの参加を希望していました。
宮前区役所、市民館、図書館などの機能が、令和7年を目途に鷺沼駅前に移設されることを聞いてはいましたが、新住民はその経緯について詳しく知る由もありません。
今回の催しは、市民館・図書館の移転・新設を前提に、市民の意見をくみ上げようという意図で開催されたものと推察しました。

小学生の参加もあり、希望者も含め無作為抽出で選ばれた市民は各年代にわたり、活発な意見交換が行われました。
参加者は5つにグループ分けされ、主催者側のファシリテーターが手際よく進行、意見を集約してゆきました。
私のグループには、小学校の先生だった方、司書を目指す?大学生、空き家を改造して読み聞かせなどの活動を行っている若い母親、…etc.いずれも人後に落ちない本好きとお見受けしました。
図書館は静かに集中して読書できる場所であればよい、オンラインで目的の本をほぼ確実に手にすることができるネット環境に満足している、旧態依然たる図書館利用者からすれば、若者の柔軟な発想による来るべき図書館像、長年読書教育に携わってきた方の経験に裏打ちされたアイデアの数々に目が覚めるような思いがしました。

最後に各グループの発表が行われました。
認知症の人や障害者などが利用しやすい図書館を、という要望も複数見られ、健康でエネルギーに満ちた若い世代が、ハンディキャッパーへ配慮する「余裕」にも心打たれました。
小学生からは、ハンモックに寝て本が読めたら本当に満足できる読書になるのに、と正直で無邪気な発言があり、うんうん、おとなもそうだよ、と頷きたくなる一幕もありました。
筆者からは、読書会(ブッククラブ)ができるようなコーナーが欲しい、と提案させてもらいました。
私語禁止でない図書館を希望する意見はとても多く、読書という孤独な営みから地域の交流にまで発展させたいという思いが強いことを知りました。
大学生からは「ラーニング・コモンズ」という考え方を教えられました。

市民が自主的に運営活動する様子が、うるさくない程度に「気配」として伝わってくる図書館は素敵です。
活気ある川崎市民の発言に、本離れがいわれる今日の出版事情にもかかわらず、まだ捨てたものではない、と意を強くする一日になりました。
ともに、本の森に分け入っていきたい…


※ 冒頭の写真は、グループごとの成果発表の際に、ボードに張り出された要望やアイデアの数々

「ロングライフ国際学会」に参加して

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9月6日の金曜日、「ロングライフ国際学会」という、ものものしいネーミングのシンポジウムに参加した。
有料老人ホームを中心に経営するロングライフグループが主催するもので、9つの介護の現場から研究発表が行われた。
テレビや新聞の取材もあったようで、小さめのホールに座りきれない盛況ぶりだった。

有料老人ホームや在宅介護などに携わるスタッフから、成果の一例が報告され、その内容を審査して賞を授けるというプログラム。
審査員長は跡見学園女子大学の学長で、美容家の佐伯チズ氏などが審査員に名を列ねていた。
シンポジストは中国、韓国、インドネシアも加わり、かなり国際的だ。

人手不足がいわれ、きれいごとでは済まないのが介護の現実だ。
生きる意欲を回復してゆく明るい事例ばかりが取り上げられるのも、或いはやむを得ないことなのかもしれない。
帰りのタクシーの中では、入居者のかなり辛口の意見も聞かれた。

ロングライフでは、社会福祉法人が携わっていた事業を、株式会社が手がける。
(なかには財団や公社、社会福祉法人が出資する有料老人ホームもあるが、ほとんどが株式会社だろう)
社会福祉法人が運営する特別養護老人は、社会福祉事業に位置付けられているが、株式会社は利益を出さねばならない。
入居者はサービスの対価を支払う。
雇用が生まれ、介護もひとつの事業となって、経済を活性化させる。
しかし、このことを以前はなかなか納得できなかった。
若者が老人の犠牲になるという見方や、老人をくいものにするという見方は、実は同じことを言っている。
この二つの見方は、若者と老人を敵対させる点では同じだからだ。

古来死に近づいた老人をどのように処遇するかは、民俗学上の大きなテーマだと思う。
日本にも「楢山節考」「蕨野行」「デンデラ」などの作品があらわれた。
北米インデアンには、死を覚悟した老女が、御馳走でもてなされた翌日、雪原の彼方に去って行く、という話が伝わる。
他の民族にも夥しい同類の伝説があるのだろう。

農業、教育など資本主義にはなじまないと言われる分野も、法人格を得て、助成金を得ながら運営される。
介護事業も、利益だけで評価される資本主義のなかで、どのように運営されるべきなのか。

様々に考えさせられるシンポジウムであった。


※ 冒頭の写真は、中国の発表




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インドネシアの発表


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韓国の発表

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会場のある汐留まで、スタッフの同行案内があり、とても助かりました。
ヤクルト本社ビル内の喫茶室で開演前に小休止。
世界各国で販売されているヤクルトもすごい。     ’19.9.6

手づくり時計 増田精一郎さんのアトリエにて

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朝夕の涼しさ、虫の音、最後のエネルギーをふりしぼる蝉しぐれ、せっかちな街路樹の黄葉、季節を先取りした秋色ファッション、・・・etc.

詩人は「小さな秋見つけた」とつぶやく。

日本の気候も二季性への移行がいわれるようになったが、一年を24節気に分ける繊細な季節感を忘れたくない。
しぜん季節の変化に対して、私たちは鋭いアンテナを張り巡らす。

無防備な手の甲が日に焼けて夏の名残を留めている。
ふと腕時計のベルトの色を変えてみたくなった。
奇しくも、八ヶ岳倶楽部で買った腕時計の針が動きを止めた。
文字盤の裏に2017.7.14と刻まれているのを見れば、すでに二年の年月が経っているのだ。

「革ベルトのグリーンが欲しいのだけれど…」
在宅を確認した後、時計作家の増田精一郎さんのスタジオを訪ねた。
吉祥寺通をユニクロのところで中道通に折れ、大分行く。
通りの両側には、洋服屋さんや雑貨やアクセサリーの店など、個性的な個人商店が軒を連ねている。
行きつけの美容室では、吉祥寺で商売を成功させることができれば、どこでも通用するという。
それほどの激戦区だそうだ。
中には小さなお直しの店がひっそりと佇み、窓越しに熱心にミシンを踏む女性の姿がかいま見える。
ギャラリーも多く、またクラフトの町というイメージも強い。

セブンイレブンのところでという約束だったので、電話をすると横道からスマホをのぞきながら現れた人がどうやら増田さんらしい。
工房の様子を写真に撮らせて頂いたので、余計な説明は省く。
時間の概念を見えるかたちにした時計というツール。

まず、時という抽象に対する様々な想いがある。
ある人は哲学的な思索に誘われ、ある人は際限のない詩心を刺激される。
時計という、いうなれば冷たい機械が、そのデジタルな時を刻みながら、時を拘束し、老いを進める。
時と私という存在はどこでクロスするのだろうか…

増田氏は、この秋、10月24に日より八ヶ岳倶楽部に出品するという。
今夏は行き損ねたので、紅葉に彩られたギャラリーで、移ろう時を物質化した時計たちに会ってみたい。





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アトリエと店を兼ねたスタジオ


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清泉寮の新館を設計した人も顧客の一人だということだ。
デザインの原点には物語がある。

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時計作家である増田精一郎氏は「厚生労働省公認一級時計修理技能士」という厳めしい肩書を持っている。
腕時計の文字盤に数字のかわりに干支の文字を刻んだもの、文字盤のバーカウンターに並んだ洋酒の瓶は、樹脂ではなく金属を加工し彩色したものだそうだ。
器用なだけでなく
金属を腐食させてニュアンスを出したり、革ベルトにラメをあしらうなど、さまざまな材料の使い方に精通しておられる。
私の黒の革ベルトのラメはまるで銀河のようだ。
文字盤の腐食は夜空の神秘を小さな腕時計の中に閉じ込めたようだ。
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ヴィンテージものの時計 中古ではなく新品だそうだ
額縁の中は、時計を構成する小さな小さなパーツを集めたもの。

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スタジオの入口
もう終わりだという、桃葉桔梗の白い小さな花

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平成の黒い霧 「国家はいつも嘘をつく」

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本書が挙げた9つの嘘とは、以下の9点である。

1 「アベノミクス」の嘘
2 「民営化」の嘘
3 「働き方改革」の嘘
4 「2020東京五輪」の嘘
5 「日航ジャンボ機123便」の嘘
6 「平和安全法制」の嘘
7 「刑事司法」の嘘
8 「TPPプラス」の嘘
9 「消費税で社会保障」の嘘

多分、本書の読者なら以上の嘘を十分に理解しているか、或いは薄々感づいているかの、どちらかではないだろうか。
では何故、本書を手に取ったのだろうか。
これらの嘘のからくりについて、著者がどのような解説を付すか、に多少とも興味を抱いたからではないだろうか。
そして私たち日本国民は、江戸時代以来の権力との付き合い方に、ひとつの知恵というか、狡さというか、「事なかれ主義」が根強いことを改めて痛感するのだ。
富も権力も、奪取するのではなく、そのおこぼれに与る。
(確かにそれは奴隷根性ともいえる)

安倍政権の存続を決定するのは、政策の成功や実現によって有権者の積極的な支持を得たからではなく、
選挙制度を上手に利用し、マスメディアを支配し、その嘘への批判を封じたことにある。

時に、嘘はあまりに堂々とつかれると、やがてそれが本当のこととして流通しかねない。
「大衆は小さな嘘より大きな嘘の犠牲になりやすい。とりわけそれが何度も繰り返されたならば」
と言ったのはほかならぬヒトラーだ。
安倍政権の閣僚のひとり、麻生太郎は、憲法改正に関して「(ナチスの)手口を学んではどうか」と発言して物議をかもしたことがあった。
はしなくも、その真意を暴露してしまう語り口にこそ、この政権の正体が明らかになる。
安倍内閣の政権運営の手法は、ファシズムのそれに酷似しているではないか。
ナチスが議会制民主主義の制度下で、違法性なしに政権を獲得したという事実を思い起こそう。
有権者がそれを黙認し続けるなら、今日でも悪夢の再現は起こり得る。


国家はいつも嘘をつく —日本国民を欺く9のペテン
               植草一秀 著  祥伝社(’18.12)

逝く夏を惜しむ 終の棲家にて 運営懇談会

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24時間、クーラーを稼働し続ける日もあった今年の夏。
ようやく暑さも峠を越えようとしている。
ふと蝉しぐれが止んでいることに気づいた瞬間、草むらに集く虫の声が涼やかに聞こえてくる。

土曜日の午後、当老人ホームはじめての運営懇談会が開かれた。
身元引受人にも案内状が送られ、参加者は入居者及び親族などの約10名。
初回ということで改めて、ホーム長、看護師、ケアマネージャーの紹介があり
ホーム長からは、当老人ホームを含むグループ企業の財務状況等、事業報告が行われた。

入居者は、苦しい思案の末に入居を決断する。
時に背水の陣を敷く。
それぞれ、健康、家族、経済、価値観、趣味、…等々
異なった入居者が同じ屋根の下に暮らしてゆくことになるわけだ。

賃貸マンションのような居住権ではなく
利用権方式という不安定な立場にとどまる入居者が、これからどれだけの安心・安全の保証を得て心穏やかに生活してゆくことができるだろうか。
介護や生活の面で、契約書面に書かれていない、口約束程度の保証だけでは安心できない。

運営懇談会については、厚労省の標準指導指針に次のようにある。

施設長、職員及び入居者代表により組織する運営懇談会を設けると共に、入居者のうちの要介護者等についてはその身元引受人等に対し出席を呼びかけること。また、施設の運営について外部からの点検が働くよう、施設関係者及び入居者以外の第三者的立場にある学識経験者、民生委員などを加えるよう努めること。運営懇談会では、入居者の状況、サービスの提供の状況及び管理費、 食費の収支等の内容等を定期的に報告し、説明すると共に、入居者の要望、意見を運営に反映させるよう努めること。

是非、利害関係のない、意見の言える第三者の参加を望む。
入居者の立場は弱いものだから。

当施設ではホーム長はじめスタッフが、入居者間のトラブルを未然に防ぐため、細かな気配りをしているのがよくわかる。
中規模の施設で、今のところ入居者が少ないせいかもしれないが、これからもこの姿勢を貫いて頂きたいと思う。

※ 冒頭の写真は、読書コーナーとして利用させて頂くこともあるデスク




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8月某日 暮れなずむ夏空 3階ベランダより


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夏らしいメニュー ズッキーニやナスなどの夏野菜 デザートにはスイカが多い

土と兵隊 麦と兵隊

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本書中に果たして戦争協力的な表現があるかどうか。
改めて「麦と兵隊」を読んだ。
火野葦平は戦後、戦犯ともされ、公職追放となっている。

徐州会戦までの従軍記録は、あらゆるドクマから自由であろうと努めているようにみえる。
当然検閲は行われ、当局から削除を命じられた部分も含んでいる。
最終稿は、捕虜の殺傷シーンなど、記憶をもとに補筆された。
もとより記憶ほど変質しやすいものはない。
その点を共通認識として、戦記の類は読まねばならないと思う。

終戦となり武装解除された兵が内地へ帰る時、戦場で見たことは他言無用を言い渡されたという。
一方、GHQに情報と引き換えに、戦後の地位を保証された人々がいたことは、これとはまた別の問題である。
戦場における日本軍の非道を口にすることで、八紘一宇の虚構が崩れ去ることを、この期に及んで恐れたか。
或いは、戦争責任を問われる上層部の保身からか。

火野葦平は、行軍と戦場での有様を坦々とした筆致で描き、あえて戦争の理非について解説を加え、弁明を試みたりするわけではない。
迎合的なジャーナリズムについては、一将校の口から批判的言辞がはかれ、それがそのまま本書に書かれている。
戦意高揚的表現を弄するのは、原稿を持参して検閲を受けに来る記者の方である、という火野の主張が伺われる。
(今日のジャーナリズムにも同じことが言える。歴史に学ぶべきはメディアも同様である)

「私」を超えた大いなる「なにか」のために、困苦極まりない行軍と戦闘に従い、疲れ果てながらどこか太々しい不敵さを漂わせる無口な兵たち…
従軍記者の目は、同情を禁じ得ない。
センチメンタルと断定されかねない記述もしばしば見られる。
多分それこそ小説家が、戦争責任を問われるポイントである。
戦後、一向に反省的言辞を述べることのなかった小林秀雄にも通じるところだ。
時代をともに生きた人間でないと、理解しきれない空気がある。
しかし同時に、そう考えてしまうことは歴史認識における敗北を意味するのだ。

戦友とは特別な関係だといわれる。

・・・・・・
私は私の部下を死の中に投じ得ると云われた偉大なる関係に対して、その責任の重大さを思い、その資格について危惧していたけれども、それは何も考えるほどのことではないことが判った。それは又思想でもなんでもない。私が兵隊と共に死の中に飛び込んでゆく。兵隊に先んじて死を超える、その一つの行為のみが一切を解決することが判った。
・・・・・・


以上の記述を文学的文飾とばかりは言えないだろう。
火野葦平にとっての真実だったと考えることが、日中戦争を侵略戦争と規定する読者にとって、最大限の譲歩といえる。
しかし、戦場には同じ人間である敵がいて、その死が求められる。
彼等への共感もまた著者にないわけではないが、戦場という非日常において人の命は数に還元されてしまい、覚醒した理性が告げるしぜんな同情が霧消してしまう。
食べて寝て、疲れを癒さなければならない兵隊たちにとって、戦場は日常でもあった。

ほかならぬ命の重さ、について考えさせる書物

「死をも乗り越えた、大いなる高き力」とは何か?
社会批評社編集部による解説は、「侵略者」としての自覚がないことを明記している。




※ 土と兵隊 麦と兵隊  火野葦平 著  社会批評社(’13.5)

けものみち

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すでに読んだかもしれない「けものみち」
1965年に映画化され、テレビドラマになること3度。
小倉の松本清張記念館では、成沢民子役が米倉涼子という最新作(2006)のポスターが目立った。

私が観ているのは、1982年NHKの「松本清張シリーズ・けものみち」だ。
鬼頭洪太役の西村晃があまりにリアルだったので、頭の中で小説の鬼頭は完全に西村晃になってしまった。
けれど小説の方を先に読んでいたら、脳軟化症で女色に耽る鬼頭を、西村晃のキャラクターに重ねることはできなかったと思う。
一説に鬼頭のモデルは児玉誉士夫ともいわれる。
満州において軍と結びついて築いた資産が、戦後政財界を操るフィクサーとしての暗躍につながったという。

因みに、この時の民子役は名取裕子、民子を「けものみち」へと誘う男・小滝に山崎努。
本書に既読感があったのはテレビドラマの印象が強かったせいかもしれないし、あまりにも有名な小説だからかもしれない。

「けものみち」とは、法と道徳を守る社会の背後に張り巡らされ、犯罪すら闇に葬られる裏街道のことだ。
裏社会にはちょうど表のネガとなるような組織・人脈が存在している。
社会派としては、売れっ子人気作家の面目躍如といったところだ。
エンターテインメントのサスペンスとしては、民子のイメージが途中で変化したように思えたことと、大団円で次々と登場人物が殺害されてゆく結末に性急さと違和感を覚えて気になった。
松本清張には、夥しい資料からはじめて明らかにされる真実を、小説に盛り込み切れない、といったもどかしさがあったのだろう。

いずれにしても正規のルート、正当な手続きから外れた、裏口が、社会のそこここに存在する。
どの程度を許容範囲とするかは、時代によって違ってくるだろう。
暴く人がいて、小市民はようやくその裏道に気づかされる。
また裏社会が全く存在しない、清廉、清潔な表社会というものも想像できない。
清濁の両面があってはじめて人間の面白さがあるのかもしれない。
それが社会派サスペンスのスリルへと続いている。


※ けものみち(上)(下)  松本清張 著  新潮文庫(’05.12) 

ブルーベリーを摘みに…

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Kさん、お誘いありがとうございました。
ブルーベリーを摘みに行きましょう。
素敵な企画に心惹かれましたが、ブルーベリーの収穫時季は夏真っ盛り。
熱中症がこわくて正直、尻込みしないではなかったのですが、実家の近くで、土地勘のないところでもなかったので、思い切って参加しました。

都市近郊の農家の佇まいを見るだけでも、瞬時に牧歌的な世界にワープして、何とも長閑な気分になりました。
江戸時代から400年続く農家ということでしたね。
大消費地江戸に作物を出荷するには、江戸に近い農家ほど有利なことは言うまでもありません。
土地の古老に以前聞いた話ですが、都心を離れるに従い、農家の規模が大きくなるとか。
消費地から遠いという不利を克服するために、耕作地がより広くなるのですね。

ブルーベリー園のある「野の幸 奈良山園」のホームページで、「東京で、農と出会う。」というコンセプトが目を引きました。
農園主の心意気が伝わってきて、俄然モチベーションが上がりました。
保谷からこちらの農家の立地する東久留米辺りまで、歩いていくにつれ、次第に農家が大きくなってゆくのが実感できます。
延々と続く生垣が美しく剪定され、その整然として鄙びた風景は、心まで豊かにしてくれるようです。
いいものですね。

最寄りのバス停からパーキングを示す看板の案内に従い大分歩かされました。
ブルーベリー園らしきものが見当たらないのでキョロキョロしていると、向こうから摘み取りを終えたご家族が、収穫物の入ったビニール袋を手に三々五々歩いてくるのが見え、受付場所を教えてもらうことができました。
やはり、少し戻ることになりましたが、果樹園をはじめ、本格的に農を営む専業農家の規模が推測されたことでした。

さて、肝心の摘み取りですが、受付から数分歩いて案内されたブルーベリー園は、鳥の被害から守るため、全体にネットが張られていました。
周囲にキウイ、柿、梅、栗、柿などの果樹も見られました。
ブルーベリーの樹は植えてから10年ほど経つそうですが、人の背丈をはるかに越え、収穫する時は、頭上の枝を引き寄せて、完熟した実を選んで摘み取りました。
無農薬栽培ということで、洗わずそのまま試食することができました。
樹上で熟れた実は、指が触れるだけで難なく枝を離れ、食べてみればその甘さはまさに自然の恵み。
スーパーに商品として並んでいるものは、輸送に耐えるように若めのうちに摘み取られているので、時に酸味の方が勝っていることがあります。
木で熟れたものを食べられるのは、農家の特権ですね。

大粒のティフブルー。
1㎏近くあったものを、あっという間に食べてしまいました。
これで冷凍ブルーベリーをヨーグルトにトッピングして食べる楽しみはなくなりました。
ジャムにするにも惜しい生食の爽やかさ!
あとをひく上品な甘さは、まさに絶品、夏の味覚です。

8月いっぱいは、摘み取りができるそうですね。
機会があればまた是非ご一緒させてください。



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