短篇を読む愉しみ 「20世紀イギリス短篇選」

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短篇と長篇の違いは、密度の違いだ。
長篇は歴史、時代、風俗、人間を描き尽くそうと目論まれ、滔々と記述されてゆく。
一方、短篇は人生のある断面を切り取り、フォーカスすることによって、日常見逃しがちな風景や生活感情などを、鮮やかに浮き彫りしてみせる。
詩ほど短くないが、詩に近い衝撃を受けることもあれば、とりたてて言語化されることもなかったささやかな感情や感覚が時代や国境を越えて共感を呼び起こす。

漢語に「灯火親しむべし」という言葉がある。
秋の夜長、何ものにも煩わされず、短編のアンソロジーなどのページを繰る愉しさは、日頃のストレスへの復讐にも似た快感がある。
ダイニングの一角のデスクを借りて、20世紀イギリス短篇選(上)(下)を読み終えた。

上巻は、主に第一次大戦前から第二次大戦中に発表された作品が収められ、下巻は1950年代から70年代に発表された作品を収録している。
時代相がくっきりと浮かび上がる作品もあれば、イギリス人好みのぞっとさせるような怖いショート・ストーリーもある。
書く対象となる人々が下層であるか上流であるかでまた作品の味わいも異なる。
本質的に平等志向が強いと言われる日本人からみると、階級制への諦念を強く感じる。
全体にイギリスの階級社会を強く意識させずにはおかないが
戦後になると女性作家が増え、「階級制や人種差別に寛容になった」(小野寺健)

20世紀のイギリスは、帝国の絶頂期を終えて、長い斜陽の時代を迎えた。
人々がその将来に漠然とした不安を感じていたことを編訳者・小野寺健は指摘する。
植民地インドに赴任したイギリス人がやがて狂気に陥る「船路の果て」など、当時の植民地の空気感を伝え、フランスのマルグリッド・デュラスを想起させる。
ジェームズ・ジョイスやヴァージニア・ウルフ、D.H.ロレンスの短編もあれば、下巻の作家は私にとってほとんどが未知であった。

作者が死してなお、作品の生命が消えないでいるという当たり前の事が、しみじみうれしい秋の夜である。


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この記事へのコメント

ワトソン
2019年11月01日 23:06
「漢語に「灯火親しむべし」という言葉がある」で、
漢語と知り、原文を調べたらすぐに見つかりました。
燈火稍可親 です。日本語の「べし」は可の訳ですね。
しかし、稍がの意味が含まれていないように思うので、稍を漢字辞書で調べました。稲の茎の末で、派生して、ようやくとの意とのこと。
梢と意味が似ていますが、木と稲を、区別しているのですね。さすが唐土です。
それを含めると「(涼しくなって)ようやく灯火親しむべし」が正確な訳でしょうか?
日本語としては口幅ったいでしょうか。言うべきにあらず、ですから。
このごろ、ようやく(稍)過ごしやすくなったと思ったら、もう寒さを感ずるようになりましたね。
2019年11月17日 18:14
ワトソンさん、ありがとうございます。
南面する部屋で過ごすことが多く、日中は暑いくらいです。
「灯火親しむべし」いい言葉ですよね。怠け者の私にとっては特に(^^;)