マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展

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「マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展」を観に、三菱一号館美術館に出かけた。
三菱一号館美術館の展示空間が好きだ。
言うまでもなく、2009年に復元されたものではあるが、もとはジョサイア・コンドル設計による煉瓦建築である。

各部屋の広すぎない空間が、作品への集中力、喚起力を高めてくれるような気がする。
作品と視線の距離が小さくなって、親密さが醸される。
ひとりで訪れるのによい美術館だと思う。
あるいは、入場料を高めに設定しているせいかもしれないが、あまり混んでいないのもいい。
冷やかし的、物見遊山的な見物客をあらかじめシャットアウトすることになるから。

さて「フォルチュニ」とは一体何者?
衣服デザイナーとしての彼しか知らなかった筆者は今回、「20世紀のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と称され、「ヴェネツィアの魔術師」とも呼ばれるマルチな才能を持った芸術家であることをはじめて知ることになった。

彼を衣服デザイナーとして有名にした作品が「デルフォス」だ。
単純なパターンの服をまとえば、美しいプリーツが大輪の甘美な花のように開いてゆく。
蕾のアイリスが今まさに開花しようとする瞬間のようにも見える。
たためば小さな箱に難なくおさまってしまう。

発想の源は、ギリシアのデルフィで発掘された御者像「デルフォイの御者」にある。
馬車を操る男は長いローブを身につけていて、肩から足首にかけて幾重ものドレープが流れ落ちている。
仏像彫刻の衣紋の襞のようだ。
ドレープは独特のプリーツに変化して、シンプルながら優雅なニュアンスを表現している。
女性をコルセットから解放することになった画期的なファッションとして服飾史に名をとどめることになった。

因みに日本でファッション・モデルとして活躍していたティナ・チャウも、そのコレクションにデルフォスを加えている。
異常なほど縫製にこだわったという彼女が、デルフォスを愛するのはよくわかる。

フォルチュニの多彩な創造力は、なかでもとりわけ舞台という総合芸術に向かっていた。
照明から舞台美術のすべてに至り、彼の関わらなかったものはないように思われる。
ワグナーに心酔し、日本の着物や文様からも少なからず着想を得ている。
ヨーロッパのどこかデカダンな香りを秘めた豪奢と日本の繊細な美意識を比べて、彼我の民族性の違いなどについても考えさせられた。




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デルフォス(紫) 1920年代 神戸ファッション美術館蔵


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デルフォス(セイジグリーン) 1920年頃 神戸ファッション美術館蔵

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この記事へのコメント

ワトソン
2019年09月28日 23:05
デルフォイの御者の像の衣服と日本のきものにインスパイアーされたのでしょうが、女性はどんな服装だったか知りませんが、ギリシア、ローマ時代の男は身体を締め付けるものは着ていませんでした。古代ローマでは、縫製のない大きな布を身体に巻き付けるだけの、「トーガ」でした。ゲルマン人を「ズボンをはく人」とも呼んでいました。その、ズボンをはく人が世界を席巻して、現在の服装が出来たのでしょう。女性のウェストを締め上げるコルセットは、古今東西の例外ではないでしょうか。イスラムの女性は、今でもこんな服装ではないでしょうか。
絵画の印象派と同じように、東洋の文化に驚いたのでしょうが、ヨーロッパが世界で特殊だったと思います。フォルチュニの服に似ているネグリジェは、フランス語で’だらしのない’という意味です。
2019年09月30日 12:06
ワトソンさん、ありがとうございます。
西洋文化の特殊性といえば、バレーもまたそうですね。
あの不思議なダンスを、奇異に感じないほど欧化が進んだということでしょう。