源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり

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平安時代は資料が豊富に遺されているわりに研究の進んでいない分野だという(保立道久著「平安王朝」)
その理由は、この時代が6世紀から奈良時代までの古代史研究と、鎌倉時代につながる院政時代の言及にとどまる中世史研究のはざまに位置しているからだといわれる。

折口信夫は、源氏物語の時代における宮廷の力が一般に思われほど大きくなかったと指摘している。
源氏物語の時代は形式的にせよ天皇親政であった延喜の御代を理想として描いたといわれる。
作者の紫式部は一条天皇の后、道長の娘彰子の後宮に仕えることによって、その人間模様と政治をつぶさに観察した。
延喜以上に同時代が物語に反映されないわけがない。
すべてを見通していたかのような紫式部が、何を書き、またあえて書かなかったことは何か…

本書は歴史的事実と物語の関係を解き明かし、源氏物語がよりリアルに今日の読者の前に立ち上がってくるのを助けてくれる。
それにしても人の情というものが、貴賤や時代を問わず、変わらぬ激しさと反応を示すものだということを痛感する。

当時の社会制度のもとでは、女たちは今よりはるかに変転極まりない運命にもてあそばれた。
栄華と洗練を極めた定子の後宮でさえ、後ろ盾となる父や男兄弟が失墜すると、夫一条天皇の寵愛だけではとても持ちこたえられなくなる。
幸運を引き寄せる、あの明るく才気にあふれた定子は、3人の子を産み、25歳という若さで没する。
一方、道長の娘彰子は、定子に比べれば教養や華やかさにおいて見劣りするようだが、道長の絶大なる権力を背景に、大器晩成というか政治的にも発言権を持ち、87歳という長命を保った。

男たちの権力闘争のはざまで、女たちはどのように処世したのだろう。
彰子に仕えた紫式部しかり、定子に仕えた清少納言しかり。
後世に残る文学をものしながら、彼女たちの晩年は定かではない。
物語の登場人物がたどることになる生涯は、今日生きる私たちにも、その生き方の深淵に触れることで強烈な示唆を与えている。

古典が確かに今に生きていることを感じる瞬間がある。
紫式部の娘・大弐三位こと賢子の視点を導入することで、物語はさらに奥行きを増した。


※ 源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり  山本淳子 著
                          朝日新聞社(’07.4)

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紫式部の娘 賢子  田中阿里子 著  徳間文庫(’92.5)

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この記事へのコメント

ワトソン
2020年06月14日 20:57
藤原道長は、娘3人を皇后にしたと知りました。現天皇、上皇、前々天皇のそれぞれの后。
しかも、現天皇は、孫。そして娘をその皇后に、その時道長は52才。1018年。
まるでハプスブルグ家ですね。
ここから清盛、さらには壇之浦に至る過程を、いつか追いたいと思います。