古典は言葉のタイムカプセル 竹取物語を読む

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「竹取物語」を読む。
子供の読み物としてリライトされ、引用され続けてきて、知らない人はいないと思われる「ふるものがたり」
さやさやと葉擦れをさせて、一陣の風にしなやかに揺らぐ竹林の一隅、竹の一節に小さな姫が眠っている。
その竹は、発光して、辺りをぼんやりと明るく照らしている。

私の読んだ竹取物語は、角川ソフィア文庫で、近世に刊行された流布本に訳注と現代語訳を付したものである。
「竹取物語」は、公的文書で使われていた漢字漢文を、当時の口語である日本語の表記―仮名和文につくりかえる試みのうちで、最も成功した作品だという。
紫式部は源氏物語の中で、物語の祖としての「竹取物語」を高く評価している。
宇治十帖は「竹取物語」の翻案だといわれる。
ちなみに正編の方は言わずと知れた「伊勢物語」が下敷きになっている。

物語は複数のモチーフで構成されており、そのそれぞれが独立した物語となるほど深い意味を秘めている。
たとえば、「小さ子説話」「致富長者譚」「求婚説話」「難題譚」「相聞説話」「羽衣説話」「貴種流離譚」「地名起源説話」…

本書は解説も充実しており、竹取物語がどのように受容され、成立したかについて推測させるだけの材料を提供してくれる。
特に、使われている助動詞が、話が進むにつれ変化することを指摘して、伝承を生々しく現前させる物語の手法に瞠目させられる。
万葉集で使われる、直接体験の「き」ではなく、伝承をあらわす「けり」を使っていること。
それから「なむ」という語り手の言葉があらわれる。
続いて「けり」にかわって「たり」「ぬ」が出てくるようになる。
これは現在時をあらわす助動詞であり、こうしてみると独立した作者像を想像せずにはいられない。

異界とこの世を媒介するかぐや姫の創造によって、俗なる世界が照射され、風刺される。
ダイニングのテラスから、筍がみるみる成長して、やがて葉をつけ、一本の竹になるのを眺めてきた。
昔人の想像力のたくましさと切なさに胸打たれる。
タイムカプセルの中から現れたのは、かぐや姫というより、言葉そのもの、言霊だったのではなかったか…



※ 竹取物語  室伏信助 訳注  角川ソフィア文庫(平成13.3)

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この記事へのコメント

ワトソン
2020年06月29日 20:18
またまた、興味深い本を紹介していただきました。
やまとには、言葉があったが、文字がなかった。古今東西よくあることです。そこに、仏教と漢字という圧倒的な文化が押し寄せる。私たちの先祖は良くそれを咀嚼して取り入れた。そこに民族の優秀性を、私は見ます。民族に遺伝的な優劣はないとの見解がありますが、私はあると見ます。
文字(漢字)が伝来し、伝聞で伝えられていた話が、外国語(漢語)で表記される。それを大和言葉に翻訳し、万葉仮名?で表記する、さらに発明した「仮名」で。その過程が見えるようですね。