源氏物語の女性たち

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源氏物語研究で多くの功績を残した秋山虔の「源氏物語の女性たち」を読んだ。

先週の土曜日、ズームミーティングで助川幸逸郎先生の講義が行われ、録画されたものをYou tubeに公開したということで、主催者からURLが送られてきた。
(ありがとうございました)
講座は「橋姫」の巻。

講座が開かれているN市では、公民館や図書館などの閉館は7月末まで、こちらの川崎市では図書館の閉館は5月末までとなっている。
この機に、源氏関連の本を読んでおこうと考え、積読状態だった書物やネット書店でまとめて購入したものを、片端から読んでいるところだ。
それにしても、一時的とはいえ閉館になってみると、図書館という制度がどんなにありがたいものか身に染みる。

本書は「源氏物語の女性たち」と「源氏物語の四季」の二部構成になっており、それぞれ雑誌に掲載されたエッセイをまとめたもの。
前著は桐壺更衣をはじめとして源氏物語のヒロインごとに運命と処世、性格について簡潔だが、とても滋味あふれる文章で書かれ、後著は歳時記風に四季の変化や天候が登場人物の心情をいかに映しているか54帖から探っている。

橋本治は、日本人は風景を涙でびしょびしょに濡らしてしまった、というような表現をしていた。
まさに風景の情趣と折々の感情を一体化させるのは日本古来よりのお家芸といえよう。
風景は人の心を映し出す鏡となって、意味を帯びるのだ。
恋が感情を育て、感情は目にする風景を分節化し、風景がまた感情に微細な襞を刻む。
日本語は、そのようにして感覚や心理に関する言葉を育ててきたのだろう。
2部の構成が、奇しくも、人が主役なのか風景が主役なのか、とふと考えさせる。
アニミスティックな古代においては霧や雨を、人のため息や嘆きそのものとみたという。
著者によれば、風景は、「枕草子」では知的な見立ての対象となっており、「源氏物語」では人生の姿の象徴となっている。

何といっても、源氏物語で一番の興味は、ヒロインたちの人生の浮沈がどのように描かれているかだ。
平等思想が根底に流れる仏教に帰依しながら八の宮が、浮舟を認知しない社会とは…
遠隔授業では助川先生も、その強固な身分制を指摘していた。

また父や男兄弟の後見を失った女の末路は哀れである。
サロンの華やかさがうたわれた、一条天皇の中宮定子も、関白であった父を亡くしてからは、やがて道長の時代へ変わると、その境遇を一変させる。
そして25歳という若さで崩御する。
宇治十帖の世界はまさに零落した姫君たちの行く末を描いて、背筋が凍る。
女たちの定めない運命が恋と政治の間で揺れ動き、その帰趨を決めるのは宇治十帖だけでなく正編も同様なのである。


※ 源氏物語の女性たち  秋山虔 著  小学館(’87.4)

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