「源氏物語の世界」を読む

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新型コロナの猛威が続いている。
最も死者数の多い米国では、経済活動の再開を求める声が上がるようになった。
振り返ってみれば、20世紀初頭のスパニッシュ・インフルエンザの大流行は、終息に2年を要している。
今次の新型コロナウイルス感染も、門外漢の目からみても容易に収まるようには思えない。
集団免疫を獲得するまで、犠牲を最小限に抑えることに傾注し、長期戦で臨む覚悟が必要だ。
医療崩壊を防ぎ、経済、教育、文化が蒙る被害を少しでも小さくするために知恵を出し合い、その結果を等しく分かち合っていかなければならない。

もしこの「疫病」が平安期の都で蔓延していたらどうだろう。
時の政権はただちに怨霊の仕業と考え、加持祈祷、怨霊鎮めを盛大に執り行うことだろう。
日向一雅著「源氏物語の世界」を読みながらも、絶えず今日の社会、政治と比べずにはいられない。
本書は、上流貴族の恋愛遍歴のなかに、政治と家と血脈への志向、結婚制度と女の宿命、宗教による救いなどについて、過去の研究成果を踏まえて、読み解いていく。

物語の冒頭「桐壺の巻」に早くも、光源氏の生涯を予告する伏線が周到に張られている。
紫式部の長編構成力には舌を巻くばかりだ。
また4世代、70余年にわたる時間経過のなかで、先行する恋愛の様相が、続く世代でも反復され、それがまるで因果応報のごとく、登場人物の苦悩の原因になっていく。
一見同じ物語のように感じられるが、王権の衰退は通底音となって、光源氏死後はまさに光を失う。
恋愛の背後には政治があり、貴種を求める男の心の中には、権力欲に近いものが伺われる。
左大臣家と右大臣家の権力闘争の狭間で、女たちは閨閥による栄華を目論む意図のもと、コマのように扱われる。
女房に手引きされ男君を迎え入れる姫君は、時に高級娼婦とかわらない。
紫式部の冷ややかな視線は、その不条理を見据えている。

先日の、遠隔講座では宇治十帖の八の宮があそこまで逼塞した理由について質問があった。
八の宮は光源氏の弟にあたり、二人の姫君とともに宇治に隠棲している。
れっきとした皇統につながりながら、身分相応の体裁さえ調えることができない。
講師の助川幸逸郎先生によれば、宮家なのだから「封戸」があったはずだが
政治性も家政能力もなかった八の宮は、それらを手にすることができなかったのでは、という。

摂関政治の時代、宮廷はすでに昔日の力を失っている。
確かに美と風雅に生きる貴族は、経済に疎く、没落を余儀なくされたであろう。
仏道に救いを求める八の宮も、北の方の死後、ひそかに召すようになった女房との間に生まれた娘を、その身分の低さゆえに認知しようとしなかった。
その娘が宇治十帖のヒロイン浮舟である。

紫式部は、王朝の美を描く一方で、不条理な社会、仏教に示された平等とは無縁の、人の心の影の部分を、明示を避けつつ、完膚なきまでに抉り出したといえるだろう。

本書を読むと、源氏物語の背景がよくわかる。
源氏物語は怖い小説なのだ。




※ 源氏物語の世界  日向一雅 著  岩波新書(’04.3)

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