林真理子の宇治十帖 STORY OF UJI

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未だ宇治に泊まったことはない。
薫や匂宮のように、京都市中から出かけるのだ。
馬や牛車のかわりにJR奈良線に乗って。
宇治の瀬音を聞いて早朝目覚めれば、浮船の気持ちが惻惻と身に染みるのではないかと思ったこともある。
といっても、極端な身分制社会における貴族たちの恋愛風景。
源氏物語原典からは当然のことながら生産諸関係は見えてこない。
現代でも同じような雅な美の世界を描こうとする作家は、あえて下層社会に目をつむる。
それでなければ成り立たない世界なのだ。
源氏物語の時代では、貴族はほんの一握り
虚構は、世界をデフォルメしつつ、その一部を万華鏡のように煌びやかに、時に悲痛な、感情の極北を映し出す。

林真理子翻案による宇治十帖“STORY OF UJI”を読んだ。
田辺聖子は、源氏物語にはその時々の現代語訳が必要だ、と語っていた。
物語は、その都度現代によみがえり、読者に嫉妬や畏れ、驕りや悦びなどの、のっぴきならない感情を呼び起こす。
雲上人の恋物語を描きながら、その感情の普遍性に驚く。

時に浮船の表情に空虚が過る。
林真理子はそれを美しき影とする。
その見慣れぬ美を我がものとするために、匂宮は霧深い宇治にやって来るのだ。
薫はどうだったのか。
著者は、ことさら意地悪な視線で薫を見ているようだ。
原典にはない俗な薫に鼻白むか、むき出しの感情を露わにすることで物語を深化させるか・・・
いずれにせよ本編も含め源氏54帖に描かれた女たちは女房に手引きされた男たちの言いなりになる高級娼婦のようではないか。

因みに平安時代の婚姻は一夫一妻制だったという。
正妻とは和歌の贈答をしないので、物語の中に散りばめられた歌の数々は、正式な婚姻関係にない男女によるものだ。
後ろ盾を失った宮家の姫君たちの哀れさ…
なまじ高貴の生まれであるばかりに、世間体を気にして、なめねばならない苦悩。
抹香臭い俗人として描かれた薫は、およそ偽善的な行為を続けているようにみえる。
不義の子としての意識が薫を縛っているのだろうか。 

人物造形も構成も近代文学に近いといわれる宇治十帖。
紫式部の否応なく冷たい視線がきらりと光るように思う。
林真理子が登場人物に対してさらに意地悪く穿った見方をするのは当然なことかもしれない。

敢えて書かれなかったことを暴いてみせるのも現代の作家の役割だろうか。


※ STORY OF UJI 林真理子 著  小学館(’15.3)

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小学館文庫(’18.12)

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