永井愛 作「私たちは何も知らない」を観る

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初日から3日目の日曜日、永井愛の新作、二兎社公演「私たちは何も知らない」を観るために、東京芸術劇場へ出かけた。
メトロから地上へ上がって、いつもとは違う道筋から眺めた劇場は、はじめてみる建物のようだ。

リーフレットに、<空気を読まない女たちがマジで議論した「青鞜」編集部の日々>とある以外、内容についての言及がなかったので、「ザ・空気」前2作に続く第三弾ということで、もっと恐い事実が示唆されるのだろうかと、あらぬ妄想をかきたてられた。

ネタばれ許容範囲で述べると、平塚らいてう主催「青鞜」編集部のシーンから、軍靴の音高く響く、先の大戦勃発までが、早回しで展開する。
この舞台の場合、「空気を読まない」空気とは、次第に軍国主義化してゆく「時代の空気」でもあるだろう。
青鞜に集まる女性たちは、女権の拡張を主張するフェミニストである。
平塚らいてうの「元始、女性は太陽であった」という「青鞜」創刊の辞はあまりに有名だ。

「青鞜」の言葉の由来である《bluestocking》は、18世紀半ば、ロンドンの文芸愛好家のサロンで一人の婦人が青い靴下をはいていたことによるものという。
イギリスでは揶揄的に用いられたが、日本の訳語は肯定的に使われている。
リーフレットには、青いストッキングをはいた脚が逆さになっているのも意味深長である。

青鞜が発刊されたのは、今から100年余前のことだ。
「ザ・空気」で政治にコミットした題材を扱った永井愛は、今度は青鞜に託し、現代のきな臭い世相を風刺した。
江戸幕府を名指しで描くわけにはいかなかった戯作者が、太平記に舞台を借りて、当局の検閲の目を潜り抜ける手法と同様だ。

平塚らいてうは今でいえば上野千鶴子あたりか。
それにしてもフェミニストがパートナーに選ぶ男性は、のきなみダメ男なのは何故だろうか。
平塚らいてうの森田草平、伊藤野枝の辻潤、大杉栄、岩野清の岩野泡鳴、…
自由恋愛を盾にとって(?)乱脈な女性関係を続ける男や、精神に異常を来す男。
フェミニストの女性は母性のキャパも大きいので、つい弱い男を庇護したくなるのだろうか…?
よく分からないが、こちらの方にもっと深い問題が隠されているのではないだろうか。

若く生きの良い役者がそろっているが、公演が始まってまだ3日目。
台詞をかむことが多く、その度に芝居が嘘であることを思い知らされたのだった。



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永井潔アトリエ館の案内
絵描きの一人娘とは永井愛さんのことです。
開館は土曜日のみなので、お出かけの際はご注意ください。

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