「ロングライフ国際学会」に参加して

P9060613.jpg



9月6日の金曜日、「ロングライフ国際学会」という、ものものしいネーミングのシンポジウムに参加した。
有料老人ホームを中心に経営するロングライフグループが主催するもので、9つの介護の現場から研究発表が行われた。
テレビや新聞の取材もあったようで、小さめのホールに座りきれない盛況ぶりだった。

有料老人ホームや在宅介護などに携わるスタッフから、成果の一例が報告され、その内容を審査して賞を授けるというプログラム。
審査員長は跡見学園女子大学の学長で、美容家の佐伯チズ氏などが審査員に名を列ねていた。
シンポジストは中国、韓国、インドネシアも加わり、かなり国際的だ。

人手不足がいわれ、きれいごとでは済まないのが介護の現実だ。
生きる意欲を回復してゆく明るい事例ばかりが取り上げられるのも、或いはやむを得ないことなのかもしれない。
帰りのタクシーの中では、入居者のかなり辛口の意見も聞かれた。

ロングライフでは、社会福祉法人が携わっていた事業を、株式会社が手がける。
(なかには財団や公社、社会福祉法人が出資する有料老人ホームもあるが、ほとんどが株式会社だろう)
社会福祉法人が運営する特別養護老人は、社会福祉事業に位置付けられているが、株式会社は利益を出さねばならない。
入居者はサービスの対価を支払う。
雇用が生まれ、介護もひとつの事業となって、経済を活性化させる。
しかし、このことを以前はなかなか納得できなかった。
若者が老人の犠牲になるという見方や、老人をくいものにするという見方は、実は同じことを言っている。
この二つの見方は、若者と老人を敵対させる点では同じだからだ。

古来死に近づいた老人をどのように処遇するかは、民俗学上の大きなテーマだと思う。
日本にも「楢山節考」「蕨野行」「デンデラ」などの作品があらわれた。
北米インデアンには、死を覚悟した老女が、御馳走でもてなされた翌日、雪原の彼方に去って行く、という話が伝わる。
他の民族にも夥しい同類の伝説があるのだろう。

農業、教育など資本主義にはなじまないと言われる分野も、法人格を得て、助成金を得ながら運営される。
介護事業も、利益だけで評価される資本主義のなかで、どのように運営されるべきなのか。

様々に考えさせられるシンポジウムであった。


※ 冒頭の写真は、中国の発表




P9060615.jpg
インドネシアの発表


P9060617.jpg
韓国の発表

001.jpg



P9060607.jpg
会場のある汐留まで、スタッフの同行案内があり、とても助かりました。
ヤクルト本社ビル内の喫茶室で開演前に小休止。
世界各国で販売されているヤクルトもすごい。     ’19.9.6