ホームの快適さと緊張感

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坂道を、息を切らせて上ってくると少し汗ばむ日、開け放たれたダイニングに足を踏み入れるなり、吹き抜ける風に懐かしいシーンを思い起こした。
子供の頃、夏休みに北側の部屋で昼寝をしていると、飛行機雲が過る青空が見え、一陣の風がまどろみを誘った…

「家が一番」主治医は老人ホームの話が出る度に、確信をもってそう言う。
その意見に反対する人は誰もいない。
ホームの営業ですら、家庭の安心感と寛ぎには異を唱えることができない。
これはイデオロギーでもなく、時間が培い、親密な感情がひだを刻んできた歴史なのだ。

それでもあえてホーム入居を決断させる時がやがてやって来る。
優雅に読書する時間と場面を思い浮かべていた私は、少々能天気なのかもしれないが。
(優雅さはこれからも憧憬にとどまるだろうか。実際なかなかそういう時間はないものだ)
これから衰えてゆく体力・気力を考えた時、不得意な仕事は、それを専門とする人に任せよう。
人間関係が資本主義的な価値観で支配されるというのは一面の真実にすぎない。
(言葉の使い方次第で、世間の風景は変わってしまう)
ホームのスタッフは仕事の対価として報酬を得ているのであり、入居者は家賃・管理費・食費を払ってお客さんとして終身滞在することになる。
お金の流れから行けば決して対称な関係ではないけれど
一方お金は潤滑油となって、社会の軋みを調整してゆく。

プロ意識を持ったスタッフは、できる限りこちらの要望に応えてくれようとする。
ありがたいことだ。
いい人ごっこも、徹底すれば本質に化けるだろう。
理想を抱き、美しいビジョンを思い描ける限り、私はここで生活しようと思う。

一昨日、はじめてホームに客を招き入れた。
証券ウーマンの彼女が言うに、曰く
よく会ってくれる方は、ぼけない人が多いですね。
その理由として
私たちに騙されないように、と緊張しているからでしょう、と。
新しく担当になった女性が正直な人でほっとした。
食堂などの共有スペースがいつもきれいに整っているので、来客の度に家を片付ける必要がないのもホームのメリットのひとつである(^^;


※ 冒頭の写真は、明け方目覚めて、テラスより撮ったもの。
   ドンキホーテの灯りは終夜ともっている。

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少し肌寒かったのだろう。
この日はテラスでなく屋内で朝食をとったようだ。


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昼食の冷しゃぶサラダ。
野菜たっぷり、というより肉の分量が多くて、びっくり。
元気な人ほど完食する、というのがスタッフの言。

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ドンキホーテの灯り。この通り沿いに大型電気店、百均、スーパーが入ったビルが、ホームより数分の距離にある。電気店では冷蔵庫とドラム式洗濯機を購入。
百均は足りないものに気づく度に足を運ぶ。

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生花は絶やさぬように。                         ’19.5.25

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