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zoom RSS テーマ「旅」のブログ記事

みんなの「旅」ブログ

タイトル 日 時
神か魔物か シャチのショー 
神か魔物か シャチのショー  鴨川に泊まった翌日、国道を挟んだ向かい、海岸沿いにある鴨川シーワールドを訪ねた。 シャチのショーで有名だけれど、観た記憶はない。 一人でのんびり、海洋哺乳類のパフォーマンスを観るのもなかなかいいものだ。 家族連れが盛んに歓声を上げている。 ...続きを見る

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2017/10/07 14:01
標高1900mの特等席 サンメドウズ清里 
標高1900mの特等席 サンメドウズ清里  冬季にはゲレンデの天辺へと上って行くリフトが夏は、山々を望む、癒しと憩いのパノラマ空間へと導いてくれる。 清里二日目は前日とはうってかわって快晴にめぐまれた。 日差しは強いけれど、高原の風はどこまでも涼しい。 森の匂いにほんのり甘い花の香りが混じっているような空気を思う存分に吸い込んだ。 ...続きを見る

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2017/09/29 21:42
ポール・ラッシュ記念館
ポール・ラッシュ記念館 都会の暑さに耐えかねて清里を訪れるたびにポール・ラッシュについて話題にしてきたので、当ブログにも何度かポール・ラッシュ記念館の写真を掲載している。 重複はご容赦願って、日本の戦後を再考する意味でも、ポール・ラッシュという当時情報将校だった人物の足跡を検証してみるのは無意味なことではないだろう。 ...続きを見る

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2017/09/27 21:39
ヴィンテージ・ヴィラ横浜に体験入居してみました
ヴィンテージ・ヴィラ横浜に体験入居してみました 横浜若葉台にある「ヴィンテジー・ヴィラ横浜」で一泊の入居を体験しました。 つい先月見学したばかりの自立型の有料老人ホームです。 その時のレポート↓もアップしていますので、興味のある方はご参考までにあわせてご覧ください。      http://freeport.at.webry.info/201708/article_2.html 入居者が写らないよう、差支えのない範囲で写真を撮らせて頂きました。 ...続きを見る

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2017/09/22 23:03
牧場の朝 清泉寮にて
牧場の朝 清泉寮にて 上掲の写真以下三枚は清泉寮本館でのランチです。 清里へ来るとどうも料理の写真が多くなるのは、高原野菜、肉、ソーセージなどの加工品、乳製品、そしてパンがとても美味しいからだと思います。 さらにワインと、秋は果物、特に葡萄が食卓を豊かにしてくれます。 赤ワインの「穂坂」香りがよく、おすすめです。 奇を衒ったものではなく素材を活かしたシンプルな料理はヘルシーで、安心して連泊ができます。 ...続きを見る

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2017/09/18 22:32
平山郁夫シルクロード美術館
平山郁夫シルクロード美術館 清里最後の日、宿をチェックアウトした後、平山郁夫シルクロード美術館を訪ねた。 一昨年の7月、雨に降りこめられた日やはり当美術館に来ている。 美術館見学の後、雨中、三分一湧水まで足を延ばし、その近くの「そば処 三分一」に寄った。 ...続きを見る

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2017/08/22 23:25
清里高原ホテルにて2017
清里高原ホテルにて2017 今年も清里高原ホテルに泊まった。 すでに何度かアップしているので、つけ加えることもそれほどないのだけれど… 今年は梅雨入りしてからの猛暑を逃れて滞在することになったので、よけいその快適さが身に染みた。 ...続きを見る

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2017/08/14 18:57
清泉寮にて
清泉寮にて 新鮮な高原野菜とパン、乳製品、ソーセージなどの肉の加工品、… 食事が美味しいこと。連泊してもバランスのよい食事がとれること。 温泉のあること。 目前に牧場の広々とした景色が眺められること。 散歩コースからトレッキングコースまで、玄関を一歩出れば、そこから気持ちの良いウォーキングがはじめられる。 富士山を正面に眺めることができる。 ということで清泉寮は私にとって、清里高原ホテルに並ぶ清里の宿のベストチョイスだ。 ...続きを見る

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2017/08/10 22:57
ホール・オブ・ホールズ 萌黄の村にて
ホール・オブ・ホールズ 萌黄の村にて ホテルの送迎車は「萌黄の村」、オルゴール博物館の「ホール・オブ・ホールズ」前に着いた。 折からミニコンサートが開かれており、すでに15分ほど経過していたが、ポーランドに16年間滞在経験のある平澤真希のピアノ演奏を聴くことができた。 ショパンの英雄ポロネーズと、作曲もはじめたというピアニストによる「月船」 ...続きを見る

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2017/07/30 21:14
八ヶ岳倶楽部で手づくりの腕時計を買ったことなど
八ヶ岳倶楽部で手づくりの腕時計を買ったことなど ホリデー快速ビューやまなし号を三鷹駅で降りると、一気に猛暑が襲ってきた。 高原の涼風を冷房車に引き継いですっかり夢見心地でいたのに突然現実に引き戻されてしまった。 ...続きを見る

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2017/07/19 17:02
光に満ちた世界 波心庭 東福寺光明院にて
光に満ちた世界 波心庭 東福寺光明院にて 本堂(仏殿)と三門の威容を仰ぎ見て、東司を連子の間からのぞいた後、勅使門を潜った。 閑静な住宅地の中を歩いてゆくとほどなく光明院の門が左手に見えてくる。 東福寺境外塔頭のひとつ、ここには重森三玲の初期の代表作「波心庭」があるのだ。 拝観は日没まで。 朝が早いお寺は夕方には早々に閉門してしまう。 光明院をこの日最後の訪問先にしたのは、昼の長い時季は遅くまで開いているからだ。 ...続きを見る

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2017/07/09 21:19
紅葉谷から重森三玲・モダニズムの庭へ
紅葉谷から重森三玲・モダニズムの庭へ 和歌山から特急「くろしお10号」に乗って京都へ向かった日。 Hさんの希望だった金閣寺へ行くのは明日にして、その日の午後は東福寺を拝観することにしました。 ...続きを見る

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2017/07/06 20:58
介護と医療の連携プレー 亀田総合病院
介護と医療の連携プレー 亀田総合病院 昨年9月に一泊の体験入居をした有料老人ホームのラビドール御宿を再訪した。 (前回の「ラビドール御宿」訪問レポートは以下 http://freeport.at.webry.info/201609/article_1.html) 今度こそ母に見てもらいたかったのと、提携する亀田総合病院の見学が体験プログラムに含まれていたからだ。 ...続きを見る

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2017/07/01 23:46
六波羅蜜寺から六道珍皇寺へ
六波羅蜜寺から六道珍皇寺へ 建仁寺をあとにし、カフェ ヴィオロンでようやく休憩を兼ねたランチをとることができました。 オムライスとレモネードというメニューまでレトロな喫茶店。 こういうカフェは東京ではもう消えてしまったようです。 ちょっとしたタイムスリップを体験したような気になりました。 ...続きを見る

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2017/06/25 21:32
建仁寺方丈にて 高精細デジタル複製の障壁画
建仁寺方丈にて 高精細デジタル複製の障壁画 両足院のハンゲショウの庭で、花のメタモルフォーゼに遭遇して、すでに真夏を思わせる日盛りのこの日、かけがえのない一期一会を実感しました。 その後、Hさんと私は、建仁寺本坊を見学することにしました。 ...続きを見る

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2017/06/22 22:11
甘茶の庭「甘露庭」 霊源院にて
甘茶の庭「甘露庭」 霊源院にて 開門と同時に両足院を拝観した後、肝心の京都五山第三位・建仁寺を、時間をかけて見学しました。 見どころの多いお寺なので、数多の文化財を見終えた頃は、12時をはるかにまわっていましたが、もうひとつ欲張って、特別公開されている建仁寺の塔頭霊源院を訪ねてみようということになりました。 厳冬、そして梅雨時の今などは、最近とみに外国人観光客を集めている京都でも閑散期に当たるからでしょうか 「特別拝観」という手で観光客を呼び込もうという戦略のようです。 ...続きを見る

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2017/06/18 18:24
ハンゲショウの庭 両足院にて
ハンゲショウの庭 両足院にて 数日前に梅雨入りしてからほとんど雨が降りません。 旅行中に傘を一度も開くことがなかったのはラッキーでしたが、この季節雨を慕う植物にとってはあまりうれしいことではないでしょう。 ...続きを見る

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2017/06/16 23:18
源氏物語の世界へとワープする風俗博物館
源氏物語の世界へとワープする風俗博物館 風俗博物館では源氏物語の世界を、1/4の縮尺の装束で再現している。 非常に高価なものだ。 文様も衣装のサイズも1/4だが、厚さを薄くすることはできないので少々ぼってりした印象は否めないけれど。 ...続きを見る

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2017/06/06 22:56
京の町歩き 平安京内裏跡を訪ねて
京の町歩き 平安京内裏跡を訪ねて 京都は一木一草、徒やおろそかにできない。 自転車で巡るのでさえ、速すぎる。 歴史の栄光と悲惨、その「痕跡」を探し求めようとすれば必ずや、行きつ戻りつすることになるので、ここはもう歩くしかないのだ。 昔の人は、牛車や輿に乗るやんごとない人種を除けば、通常は歩いていたのだから… 彼らと同様とはいかないまでも、それに近い時間と距離感で歩いてみたい。 ...続きを見る

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2017/05/30 21:43
承天閣美術館と京菓子資料館
承天閣美術館と京菓子資料館 歩けば初夏のような暑さに肌が汗ばむ。 京都御苑の緑陰を選んで今出川通に抜ければ歩くのもわるくないかもしれないと考えたが、最近とみに足の衰えた母の熱中症もこわい。 ...続きを見る

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2017/05/23 22:35
みどりに包まれる 八瀬大原 瑠璃光院にて
みどりに包まれる 八瀬大原 瑠璃光院にて 叡山鉄道沿線では前から気になっていたお寺だった。 京都駅の観光案内所で「瑠璃光院 春の特別拝観」というリーフレットがまず目に飛び込んできた。 京都はこの季節、至る所で「アオモミジ」を宣伝している。 瑠璃光院は春のアオモミジと秋の紅葉の時季だけ公開されるようだ。 ...続きを見る

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2017/05/19 22:48
ハイジュエリーの世界 京都国立近代美術館にて
ハイジュエリーの世界 京都国立近代美術館にて 京都滞在最後の日に、京都国立近代美術館を訪ね、ハイジュエリーの世界にため息をつくことになりました。 特別展のタイトルは「技を極める」 ヴァンクリーフ&アーペルのハイジュエリーと七宝など日本の工芸作品をコラボさせた展覧会です。 ...続きを見る

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2017/05/13 23:34
竹久夢二伊香保記念館
竹久夢二伊香保記念館 竹久夢二はよく旅行した人のようだ。 各地にゆかりの画家ということで大小の美術館が存在している。 画家よりもグラフィックデザイナーの先駆けとして突出したセンスの持ち主だった。 再訪した竹久夢二伊香保記念館は新館も増築され、充実した展示を誇っていて見応えがある。 ...続きを見る

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2017/05/04 17:10
ぎやまんろう(義山楼)にて
ぎやまんろう(義山楼)にて 伊香保に一泊、竹久夢二伊香保記念館と徳富蘆花記念文学館を訪れました。 伊香保は万葉集に東歌9首が詠まれており、いつか歌碑めぐりをしたいと思っていたところ、2004年に温泉偽装問題が発覚してから、何となく足が遠のいていました。 今回女将さんが率先して伊香保の観光に尽力しているという松本楼に泊まって、石段街の温泉情緒を含め、戦国時代以来という湯の町の雰囲気を味わってきました。 ...続きを見る

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2017/04/28 13:13
嵯峨野を歩く
嵯峨野を歩く 「松風」の帖で光源氏が造営し、「若菜」では紫の上が源氏四十の賀を祝して薬師仏供養を行った御堂が栖霞観とされ、清凉寺の阿弥陀堂にその名を残している。 源氏物語ゆかりの地、清凉寺をあとにして、西門より愛宕道を西へと歩く。 右手に夕霧太夫遺跡と刻まれた石碑が建っている。 間もなく慈眼堂。 この近くに藤原定家が百人一首を編んだ小倉山荘の候補地のひとつがある。 ゴミ袋が積み上げられているのが興ざめだったが、とりあえず撮影する。 少し先で南へ迂回して、落柿舎の門前を過ぎて再び北へ... ...続きを見る

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2017/04/23 21:25
清凉寺への道 源融の山荘「棲霞観」跡を訪ねて
清凉寺への道 源融の山荘「棲霞観」跡を訪ねて 市街のホテルをチェックアウトして嵯峨野へやって来た。 宿にキャリーを預けた後、迷うことなく清凉寺への道を歩き始める。 清凉寺は光源氏のモデルとされる源融の山荘「棲霞観」のあったところだ。 ...続きを見る

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2017/04/18 23:04
糸魚川の春の大祭 けんか祭り
糸魚川の春の大祭 けんか祭り まだ大火の記憶も生々しい糸魚川に出かけました。 糸魚川の一の宮・天津神社の「けんか祭り」に誘われたので ちょうど卒寿を迎えた母にとっても、最後の貴重な機会になるだろうと思いました。 体力が衰え、旅行への興味も失いがちだった母も、故郷へ帰るのはまた特別な意味を持っているので、会いたい人に連絡したり、気持ちの準備をしていたようです。 ...続きを見る

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2017/04/15 19:45
大内裏 平安神宮にて
大内裏 平安神宮にて 京都滞在三日目の朝を迎える。 すでに何度か訪れ、時節柄花も紅葉もないけれど 平安神宮に行くことにした。 地下鉄烏丸線を烏丸御池で東西線に乗り換え、東山で下車。 平安神宮の参道途中に、京菓子の「平安殿」がある。 ウィンドウを覗くとつい買いたくなってしまう。 気の利いた珍しいお土産に出遭うチャンスはこれからもあるはずとここは我慢。 京菓子は茶席に用いられるような上生菓子ももちろん結構だけれど、煎茶や番茶のお茶請けにする餅菓子が好きだ。 朝早く町を歩いていると饅頭をふか... ...続きを見る

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2017/04/05 18:57
京都ひとり旅 蘆山寺へ
京都ひとり旅 蘆山寺へ  京都は学生時代から休みのたびに訪れていた懐かしい場所だ。 当時まだ市電がのんびりと走っていた。 若い頃の記憶は、風景だけでなく、気温や風向きや汗ばむ具合まで思い起こせそうなほどに鮮明なのだ。 ...続きを見る

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2017/04/02 19:19
光源氏「六条院」の面影を訪ねて 源融「河原院跡」
光源氏「六条院」の面影を訪ねて 源融「河原院跡」 光源氏のモデルは藤原道長ともいわれるが、巷間に流布してきた言説によれば、源融がその筆頭ではないだろうか。 いずれにせよ物語作者の想像力が、複数の人物を合成して、理想的男性像に仕立て上げたものだろう。 ...続きを見る

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2017/03/25 19:56
はるか王朝の雅のあとを訪ねて 源氏物語の世界を歩く
はるか王朝の雅のあとを訪ねて 源氏物語の世界を歩く 夕顔町という、物語中の女の名を冠した町を探した。 酔狂な、と思われそうだが、本人は歩きながらかすかなときめきを覚えている。 まるで萩原朔太郎が幻視した「猫町」を現実の風景に重ねてみるように。 悪いことをしているわけではないのだが、一般的な観光からすれば、何だか道を外れている… けれど歴史ある土地を歩く人は多少とも己の幻を追い求めるものだろう。 それは歴史の真実というより物語としての歴史である。 そこで、京都はひとり旅らしき人を多く見かける。 妄想を同行者にも強要する... ...続きを見る

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2017/03/23 21:45
青梅のティールームと京都のカフェ
青梅のティールームと京都のカフェ 小さなガラス瓶に入った紅茶が20種類以上も並んでいた。 「最初に紅茶を選んでいただくことになっているんですよ」 と、女主人が言う。 これが今日の紅茶と言って差し出されたお茶ノサンプルは、バニラはじめいくつかの香料が混然として甘い香りを放っていた。 ...続きを見る

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2017/03/20 21:03
旧明倫小学校 京都芸術センター
旧明倫小学校 京都芸術センター 地下鉄烏丸線を丸太町より二つ目の駅、四条で降り、京都芸術センターを目指した。 蛤御門に面したホテルに投宿した翌日、夕顔町から源融屋敷跡とされるエリアを歩いてみようと考えていた。 その前に、アートセンターになっている旧明倫小学校を訪ねることにしよう。 ...続きを見る

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2017/03/14 21:04
森正洋さんのモーニングカップを買う 京都仏光寺にて
森正洋さんのモーニングカップを買う 京都仏光寺にて 森正洋さんの「G型モニングーカップ」に出会って、ひとめぼれ。 それも旅先の京都で買い求めることになりました。 大ぶりで胴がふっくらとした感じと縁を彩るベンガラ色のラインがとてもシックで品がいいのです。 まさに朝食にたっぷりのカフェオレを入れて一息つく、そのゆとりを思わせるカップでした。 その実、朝の時間はとても慌ただしく、雑な器使いをしてしまいがちなのですが。 ...続きを見る

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2017/03/06 23:33
遅い初詣 川越大師 喜多院にて
遅い初詣 川越大師 喜多院にて 日帰りコースをあえて宿泊し、観光するというのもなかなか乙なものだ。 京都でいえば、「枕のしたを水のながるる」という体験があってこそ、旅情も生まれようというもの。 私にとって朝食前の散歩がそれである。 掬水亭から埼玉県と東京都の県境になっている道路を渡ると多摩湖畔に下りることができる。 今回は残念ながらパスしたのだが、早朝の湖畔散歩はさぞ爽快なことだろう。 ...続きを見る

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2017/01/14 22:57
掬水亭にて
掬水亭にて 座敷が直接広い水面に続いているような錯覚に陥りそうな景色だった。 私たちは掬水亭5階角部屋から、正面に多摩湖、左手にライトアップされた西武遊園地を見下ろしていた。 暮れなずむ時間。 観覧車の灯、展望塔を上下する展望室。 メリーゴーランドや数々のアトラクションが煌めく灯に彩られていた。 ...続きを見る

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2017/01/12 23:47
アップルパイの午後 藤田記念庭園にて
アップルパイの午後 藤田記念庭園にて 戦災に遭っていない弘前は、洋館や趣のある町並みが残っているらしい。 それにりんごの生産量日本一。 それぞれに趣向を凝らしたアップルパイを出す店が目白押しだ。 アップルパイの甘い香りに誘われて、ダージリンティーとともに頂く昼下がりのティータイム。 (そういえば尾崎翠に アップルパイの午後 という戯曲があったっけ) 夢見るようなその空間は、大正時代に建てられた洋館の一室、薄緑色の光の満ちるサンルーム。 となれば、道具立ては揃い、ロマンティックな夢を育む乙女垂涎のシチュエー... ...続きを見る

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2016/12/01 21:46
桜紅葉の弘前城
桜紅葉の弘前城 焼山からJRバスに乗り、奥入瀬に別れを告げた。 青森駅から奥羽本線に乗り継いで弘前に着いたのが夕方5時過ぎ。 ただでさえ暮れやすい秋の日が、青森では東京よりはるかに早く暮れてしまう。 駅前には名の知れたビジネスホテルが2軒と我々の泊まることになっているシティホテルが目についた。 ...続きを見る

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2016/11/25 18:23
斜陽館
斜陽館 「明日は吹雪になるかも。金木はここ(弘前)よりもっと寒いから」 と、地元の若い女性に驚かされたので 斜陽館へ行くのは止めて、弘前観光を続けることにしましょうか、とHさんに提案した。 夜が明けてみれば、それほど心配する天候でもなさそうなので、青森最後の日を「斜陽館」で締めくくるという当初の計画を実行することにした。 ...続きを見る

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2016/11/22 18:03
星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル
星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル 八甲田ホテルには、自家源泉掛け流しの湯があるので、到着後真っ先に大浴場に向かった。 目の前に広がるブナ林を眺めながら、ゆったりと浴槽に浸かると、道中の疲れが湯に溶けてゆくようだ。 最初から最後まで我々二人のほか誰も入ってくる人がいなかった。 八甲田のシーズンはスキー客がやって来るまでの間、しばしの中休みに入ったようだ。 ...続きを見る

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2016/11/10 20:31
八甲田ホテル
八甲田ホテル 秋に北東北を旅したいと漠然と考えていた。 秋といえば紅葉、紅葉といえば奥入瀬。 宿の選定は奥入瀬に近いことが条件だった。 知人より八甲田ホテルの評判を聞いていたので、いつか泊まってみたいと考えていたその機会がめぐってきた。 欲張ってまず八甲田ホテルに泊まることにした。 翌日JRバスで奥入瀬に向かえばよい。 ...続きを見る

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2016/11/07 23:26
人間失格号に乗って斜陽館へ
人間失格号に乗って斜陽館へ 津軽4日目。 東京へ帰る日の前日、すでにとっぷり日の暮れた弘前市役所前で循環バスを待っていると、私たちの話が聞こえたらしく 「明日は雪になるかもしれませんよ」 勤め帰りらしき若い女性が言った。 まさに私たちが心配していたことだ。 ...続きを見る

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2016/11/05 23:09
この道はいつか来た道 東大寺裏参道
この道はいつか来た道 東大寺裏参道 「この道はいつか来た道♪」 ...続きを見る

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2016/10/23 20:52
8世紀の日本 興福寺、若草山、平城宮跡、羅城門跡
8世紀の日本 興福寺、若草山、平城宮跡、羅城門跡 「(日本は)唐っぽい」というのが、少なからぬ訪日中国人がもらす感想らしい。 中国ではすでに失われている唐のレガシーが、シルクロードの終着点であった日本に残っているからだろう。 ...続きを見る

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2016/10/21 23:43
聖林寺から談山神社、そして飛鳥へ
聖林寺から談山神社、そして飛鳥へ 県庁近くに駐車し、水門町を通って戒壇院へ。そして裏参道を歩いて東大寺三月堂拝観。 奈良公園をあとにして、途中昼食をとるなどしながら聖林寺へ。そして談山神社。飛鳥へ抜けて石舞台見学の後、奈良ホテル帰着。 奈良三日目の行程は、以上のような定番コースでしたが、車で行くとこういうことになるのかという盛りだくさんの内容になりました。 ...続きを見る

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2016/10/17 23:21
斑鳩三塔
斑鳩三塔 斑鳩三塔をめぐるのは、今回で3度目になる。 最初の時は、法隆寺を振り出しに、中宮寺、法輪寺、法起寺の順に歩いた。 二度目は、バスを法起寺前で降車してから、逆コースをとっている。 今回は従兄が車で案内してくれるというので、足の弱った母も思い切って出かけることにしたものだ。 過去の旅で道中をともに楽しんだ母の女学校時代の友人はすでにこの世にいない。 ...続きを見る

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2016/10/15 21:05
ホテル日航奈良
ホテル日航奈良 奈良へ行くのもこれが最後だわ 来年90歳を迎える母の言葉に、直前までドタキャンを危ぶみながら、9月28日無事、東京駅9時33分発のひかり号に乗ることができた。 シートは富士山の見える側ではなかったので、車窓の風景は坦々として、海が近いことを感じさせる。 東京ではまだ晴れていた天気も、米原近くなると雨が激しくなった。 冬であれば雪景色になるところだ。 ...続きを見る

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2016/10/08 20:53
奈良ホテル2016
奈良ホテル2016 「奈良ホテル物語」を読むと、奈良ホテルの歴史は、御多分にもれず大衆化の歴史だったといえる。 驚くのは、大正2年から昭和20年までの鉄道員直営時代には 宿泊客は「高等官以上又は資本金○万円以上の重役以上」の原則がかなり厳格に守られたらしく・・・ と書かれていることだ。 たとえ空室がたくさんあったとしても人品骨柄ばかりか階級を問われ、条件を満たさなければ丁重に断られたということである。 ...続きを見る

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2016/10/06 11:23
風が吹き抜ける茶の湯の舞台 慈光院
風が吹き抜ける茶の湯の舞台 慈光院 斑鳩三塔をめぐる前に、慈光院を訪ねることにした。 通常は奈良からJRか路線バスに乗って斑鳩に向かうのだが、バスの車窓から小さな寺門を眺めては恨めしい思いがしたものだ。 奈良といえば多くの人にとって、もっぱら万葉と古代史の世界であり、中世・近世は忘れられがちなのではないだろうか。 少なくとも私にとってはそうであった。 そこで、ひたすら聖徳太子伝説に彩られた法隆寺を目指すことになるのだ。 わずかに松永弾正の多聞城や山の辺の道にある環濠集落や、今井町の自治が、私にとっての中・... ...続きを見る

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2016/10/04 18:44
幻想の「月の砂漠」 御宿にて
幻想の「月の砂漠」 御宿にて 遮光カーテンのすき間から差し込む朝日はもう熱度を増している。 エアコンは27℃で終夜稼働し続けた。 朝食前に散歩する予定で目覚ましを5時半にセットしてあったのだが、朝からこの日差し! あまり眠れなかったこともあり、散歩は断念して、体験入居に関するアンケート用紙の空欄を埋めた。 海岸から約2q離れているので海は見えない。 バルコニーからは眼下にクスノキなど南国の樹木が点在する芝生庭園が広がっている。 ...続きを見る

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2016/09/04 15:18
終の棲家の見学に御宿まで
台風一過の日、リゾート型老人ホームを見学するため御宿まで小さな旅をすることになった。 入居時に自立して生活できることが条件の介護付有料老人ホームだ。 千葉と聞いて、地震を心配する母は言下に気が進まないと、同行を拒否したのだけれど、首都直下型地震は恐くないのだろうか?? ...続きを見る

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2016/09/02 21:46
「汝を愛し、汝を憎む」 津軽の旅を計画する
「汝を愛し、汝を憎む」 ...続きを見る

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2016/08/21 11:22
高原の秋は早い 八ヶ岳ホテル風かにて
夜、湯船に浸かっていると 思いがけず冷たい風が不意打ちのように忍び込んできて 「ああ、立秋なんだ」 と気づかせてくれる。 密やかな気配に、何か忘れていた重大なことを思い出しそうになる。 ...続きを見る

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2016/08/09 19:35
森の中にひっそりと 八ヶ岳美術館
小淵沢滞在最後の日に、「八ヶ岳鉢巻周遊リゾートバス」に乗って、八ヶ岳美術館を訪ねることにした。 小淵沢は長野との県境に近く、かつての小淵沢町が広域合併の結果、清里などと同じ北杜市に編入された。 鉢巻リゾートバスは八ヶ岳の西麓を走っており、小淵沢駅を起点にして、観光拠点を繋ぎ「たてしな自由農園」の間を往復している。 途中で降車して「信玄の棒道」ウォーキングを楽しむこともできる。 信濃攻略を狙って開かれた軍用道路「信玄の棒道」にも魅かれていたのだが、今回は諦めることにした。 ... ...続きを見る

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2016/08/07 18:16
サントリー白州蒸留所
あいにくの雨だった。 小淵沢駅に降りて、蒸留所行きのバスに乗った。 八ヶ岳山麓より釜無川を渡る。 サントリー白州蒸留所は、小淵沢駅より車で10分ほど。 南アルプスの北麓に位置する。 ...続きを見る

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2016/08/04 21:46
中村キース・ヘリング美術館 小淵沢アート・ヴィレッジにて
八ヶ岳高原バスを中村キース・ヘリング美術館で降りた。 すぐに不思議な不定形の建物が目に入った。 台形をモチーフに、規則的な反復がいっさいないRC造。 どうも美術館ではなさそうだ。 とりあえず玄関を入りロビーで道を尋ねようと思った。 はきはきと答えてくれたのはアメリカ人らしき若い女性で そこは「HOTEL KEYFOREST HOKUTO」という名のホテルだった。 この辺り一帯を小淵沢アートヴィレッジと称し、そのエントランスとしての役割を果たすために県道に面した最も目... ...続きを見る

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2016/07/31 22:14
ポール・ラッシュ記念館再訪 伴野重由氏の水彩画展
キープの風景を描いた伴野重由氏の水彩画が展示されているというのでポール・ラッシュ記念館を再訪した。 ぼかしの技法で描かれた淡彩の水彩画は、緑豊かな牧場を霧の中から浮かび上がらせ、懐かしい記憶を呼び覚ますようだ。 たまたま画家本人がいらっしゃって来訪者と歓談されていた。 伴野氏の作品は清泉寮新館のロビーにも2点飾られており、展示替えの時、記念館に移されるという。 ...続きを見る

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2016/07/24 17:27
今日も富士山がよく見える 清泉寮にて
団体客で貸し切りのためホテルで昼食をとることができなかったので、清泉寮まで車で送ってもらった。 本館のレストランから眺めると、梅雨時にもかかわらず富士山の美しい稜線がはっきり見えた。 時節柄諦めていたのに、思いがけず富士山が視覚に入ってくると途端に晴れ晴れとした気分になった。 それは清泉寮の創立者であるポール・ラッシュ氏も同じようだ。 ロータリーの胸像は相変わらず富士山に相対して飽きることがない。 ...続きを見る

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2016/07/22 22:02
八ヶ岳倶楽部を訪ねる
「森の中で朝食を」 八ヶ岳倶楽部のHPに書かれていた言葉に誘われるが 都会では絶対に無理なことだ。 だから柳生博さんは八ヶ岳山麓の大泉村に居を移す決断に踏み切ったのかもしれない。 ...続きを見る

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2016/07/17 18:19
清里高原ホテルにて2016
清里高原ホテルについては当ブログにすでに2度アップしているので、重複する点もあるかもしれない。 何度か訪れることになったのは、それだけこのホテルのホスピタリティが気に入っている証拠だろう。 ...続きを見る

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2016/07/13 23:31
鮎ラーメン 川原町にて
岐阜城をあとにし、金華山を下った。 岐阜公園をぶらついてから、総合案内所で道を尋ねて、川原町へ向かう。 長良橋へと続く道を脇道に逸れてしばらく行くと鵜飼観覧船乗り場があり その前からきれいに整備された川原町の古風な街並みがはじまっている。 月曜日だったこともあり、人通りもほとんどない。 まだ梅雨入りしたばかりだというのに、真昼の日が道に照り返してまぶしいくらいだ。 ...続きを見る

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2016/06/21 18:35
「天下布武」の城 岐阜城に上る
宿をチェックアウトし、タクシーで金華山ロープウェーの山麓駅へ向かった。 山頂に建つのは、斎藤家を滅ぼした織田信長が9年余にわたって在城した岐阜城の天守閣である。 ...続きを見る

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2016/06/16 22:58
岐阜駅に着いて・・・
夜はホテルで会食があるので、昼は美濃蕎麦でかるく済まそうと思い、岐阜市内をめぐるループ線「信長号」に乗った。 ...続きを見る

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2016/06/14 18:23
しらさぎ座で手影絵を観る 下呂温泉合掌村にて
鵜飼見物をした翌日、岐阜城のある金華山山頂に上り、天守閣からはるか市街地を蛇行する長良川を俯瞰した後、高山本線で下呂温泉に向かった。 下呂は林羅山が三名泉に挙げて以来、温泉地としてすっかり有名になったようだ。 ...続きを見る

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2016/06/11 15:48
鵜飼船 長良川にて
夏の短夜。 旅先にあっても、夜が早く明けて、いつまでも暮れないのは同じこと。 岐阜滞在2日目、夕暮れといってもまだ日は高く、まず長良川うかいミュージアムに車を走らせた。 鵜飼がはじまるのは7時半と聞いていたので、それまでに夕食も済ませるつもりだった。 この辺りの食事処は、閉店が早い。 名物の鮎は諦めてミュージアム内のカフェテラスで簡単な食事をとることにした。 ...続きを見る

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2016/06/09 22:15
ヤマアジサイの径をゆく
終日雨の降り続いた一日が明けて、アジサイ園を訪れた。 隣接する遊園地は休園日。 独行のカメラマン以外は人影もまばらだった。 「あじさい祭り」はまだ始まって間なく、この日の訪問者は、早咲きのヤマアジサイが目当てかと思われた。 ...続きを見る

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2016/06/01 22:09
SF小説「夏への扉」
・・・・・・ だが胸のなかには冬があり、ぼくは夏への扉を探しつづけていた。 ...続きを見る

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2016/02/15 22:55
成木村の盛衰 青梅にて
釜の淵公園の一角にある宿に泊まった翌日、同公園内の旧宮崎家住宅と青梅郷土博物館を訪ねた。 日陰に雪が残っているけれど、前日ほどの寒さは感じられない。 冬晴れである。 ...続きを見る

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2016/02/03 19:33
夏への扉
軒下に残った雪が凍り付き、空気がしんと冷え渡る冬の某日。 青梅駅に降り立ち、「夏への扉」を目指した。 「夏への扉」とは喫茶店の名前である。 同名のSF小説のタイトルからとられた店名だということは後で知った。 ...続きを見る

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2016/01/28 19:59
東大寺
大仏の大きさに圧倒されたのは、はじめて東大寺を訪ねた中学校の修学旅行の時だった。 格天井の一つの大きさを教えられて、すっかりスケール感を狂わせてしまった。 ...続きを見る

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2015/12/26 18:04
奈良県庁から東大寺へ
まず高所に上ってみるべし。 はじめて訪ねた土地で最初にとる行動として、宮本常一が彼の父親から受け継いだ教えである。 私たちも高い位置から、かつての平城京の外京より四囲を見渡してみようということになった。 観光地に来て、県庁の屋上に上ることなどずっと思いもつかなかったのだが、ある時その眺めのよさを発見した。 以来二度目であるが、はじめてのHさんと奈良ホテルより県庁へとタクシーを走らせた。 ...続きを見る

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2015/12/23 00:07
阿修羅のルーツは? 興福寺
仏教は本来、無神論のはずなのに、なぜこんなに多くの神々の像が存在しているのだろう。 仏教がユーラシア大陸に広まるについて、土着の神々を仏国土の守護神にするなど、他の先行する信仰と融和をはかった結果だろう。 ...続きを見る

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2015/12/20 18:38
静けさにつつまれて 新薬師寺にて
奈良4日目、最終日に、新薬師寺を訪ねることにした。 その後、隣りの入江泰吉記念奈良市写真美術館に寄って、京都から新幹線に乗るまでの時間調整をするつもりだった。 ...続きを見る

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2015/12/17 20:40
あをによし奈良の都は・・・ 平城宮跡
旧大乗院庭園をあとにして、福智院町の交差点でタクシーを拾った。 かつての二条大路を西進すると間もなく平城宮跡の朱雀門だ。 奈良は見どころが多いので、三連泊しながら、斑鳩も飛鳥も吉野もパスして、もっぱら奈良公園周辺を歩くことになった。 ...続きを見る

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2015/12/15 23:25
奈良ホテルにて 2015
1階の客室に案内される途中、廊下を曲がったとたん正面にエレベーターがあるのを発見して驚いた。 エレベーターがないのが奈良ホテル本館の欠点だったのだが… 早速、2階にまだ空室があるかどうか調べてみます、と言われたけれど、結局、3連泊できる部屋はなかった。 ...続きを見る

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2015/12/12 22:27
広島 平和記念公園
萩・津和野へ行く前に広島へ寄ろうというのはHさんの発案である。 そこで被爆都市広島で慰霊の祈りを捧げてから、萩へ行くことになった。 広島→萩→津和野という旅行の最終レポートが広島である。 すでに一カ月が経つ。 平和記念公園のイチョウはすっかり散ってしまったことだろう。 自然が移り変わっても、外国人観光客と、小中学生の列は引きも切らないはずだ。 ...続きを見る

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2015/12/04 22:51
萩 夏みかんの実る城下町
新山口駅で降り、新幹線口から外に出ると、「北門屋敷」と表示した紙を掲げた男性が待っていた。 萩の宿へ直行する送迎バスだった。 瀬戸内海沿岸から日本海に面した萩へと中国山地を縦貫する。 地図を見ると、旧道「萩往還」にほぼ沿っているようだ。 萩往還は維新の志士たちが駆け抜けた道として宣伝されているが、そのはるか前から交易のために人々が往来した古道であろう。 江戸時代、毛利氏によって参勤交代に利用する御成道として整備された。 ...続きを見る

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2015/11/27 22:59
殿町通り 津和野にて
2連泊すればあちこちまわって十分に観られるかというと、そうでもない。 昔から愛用していたガイドブック「歩く地図」によれば、欲張りプランとして一日のモデルコースにマリア聖堂、乙女峠殉教者の墓、太鼓谷稲荷のほか、津和野城跡まで入っているが、こんなにタイトなスケジュールでは、せっかくの個人旅行も指差し確認の旅に終わってしまうに違いない。 ...続きを見る

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2015/11/21 11:07
紅葉の堀庭園 奥津和野へ
森鴎外記念館をあとにして、近くの停留所より町営バスに乗った。 小さなマイクロバスは、お年寄りがもっぱら病院、買い物、日帰り温泉に行くのに利用しているようだった。 赤字覚悟の町営バスはバス代も高く、通院の帰りは病院側で負担してくれるそうだ。 そんなことを同乗したおばあさんはしきりにHさんに話している。 ...続きを見る

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2015/11/18 22:35
森鴎外旧宅と森鴎外記念館 津和野にて
津和野駅近くの宿を出発して 途中、石州和紙のショーウィンドウに足を止め、源氏巻を味見させてもらったりしながら、森鷗外旧宅を目指した。 オレンジ色の石州瓦となまこ壁の建物が目につく。 つやのある赤みを帯びた石州瓦は当地に独特の風情を与えている。 焼成温度が高く「凍て」に強いのだそうだ。 ...続きを見る

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2015/11/16 21:25
津和野を歩く 
終日萩を観光して、間もなく日も暮れようとする頃、バスで津和野に向かった。 バスはやがて山中の細い道を走るようになり、数人の乗客も、一人降り二人降りするうちについに我々二人だけになってしまった、 「いつもは学生が乗るんですがねえ」と運転手さん。 津和野駅で降車するつもりの我々に宿を尋ねると、そのビジネスホテル前まで行ってくれるという。 駅からほどない宿であったが、荷物はあるし、日はとっぷり暮れてしまったし、土地勘はないし、でありがたかった。 日本海に面した萩を出発したバス... ...続きを見る

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2015/11/14 21:57
安野光雅美術館 津和野にて
永明寺の参道を下り、高岡通りを渡って、新丁通りに出た。 偶然にも托鉢姿で歩くお坊さんに出会った。 袈裟の上に掛けられた条に、永明寺と書かれている。 今時、托鉢もないのだろうから、津和野の風景を彩る点景として、行きずりの観光客へのサービスでもあるのかもしれない。 先方から目礼されてちょっと恐縮する。 ...続きを見る

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2015/11/12 21:44
森鴎外の眠る寺 津和野 永明寺にて
Hさんと私は、広島、萩、津和野とめぐってきた。 ...続きを見る

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2015/11/10 17:51
徳島の名産品あれこれ ルネッサンス リゾート ナルトにて
司馬遼太郎著「阿波紀行」は、藍生産について紙数を割いており、それを読むと「藍師」「水師」の職人気質が、徳島県人の気風に影響を与えたらしいことがわかる。 今ではすたれてしまった藍という産品と、その生産がもたらした富の結果ににわかに興味をかきたてられた。 藍生産のおかげで、阿波徳島藩の表石高25万7千石が、のち実質45万石といわれるまでになったというのだから… ...続きを見る

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2015/10/17 11:59
鳴門の渦潮
大塚国際美術館を見学した後、近くのホテルに投宿した翌朝、いよいよ鳴門の渦潮を観ることになった。 渦潮を観察するのに、主に3つの方法がある。 ひとつは高台から鳴門海峡を俯瞰するもの 二つ目は、大鳴門橋の路面の下に設けられた海上遊歩道から眺めるもの 三つめが観潮船から間近に渦潮を観察、体感するというものだ。 ...続きを見る

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2015/10/14 18:45
大塚国際美術館
すべてがフェイクである。 といっても陶板画にはお金がかかっている。 コピーでもこれだけ揃うと圧巻である。 ノーフラッシュなら撮影OKなので、フェルメールにもフラ・アンジェリコにも「モナ・リザ」にも堂々とカメラを向けることができるのだ。 ...続きを見る

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2015/10/03 23:12
小海線と 平山郁夫シルクロード美術館と 三分一湧水
「朝のうちは晴れているんですがねえ」と残念そうなホテルマン。 辛うじて一部稜線の見えていた富士山も雲に隠れ、朝食時にはもうぽつぽつと降り始めた。 ...続きを見る

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2015/07/25 21:40
清里高原ホテルにて2015
どんなにいいホテルでも、観光で宿泊する場合、リピートすることはそうそう多くはないのでは。 また違う季節に利用してみたい、と思うことはあっても、同じ地を訪れることになれば、旅人は気まぐれなものだから、新趣向を求めてしまう。 ...続きを見る

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2015/07/23 23:10
富士山とせせらぎの小径 清里にて
雨がちな清泉寮での一夜が明けてみると、何と富士山のシルエットがくっきりと見えているではないか 空模様はあまりよくない。 雲海の上に奥秩父の山々の頂きを望み、その右手に不思議なほど明瞭な稜線が見えた。 鈍角の美しい二等辺三角形だ。 内側は濃灰色に塗りつぶされている。 まるで切り絵を張り付けたようだ。 ...続きを見る

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2015/07/21 21:19
ポール・ラッシュ記念館 清泉寮にて
寒いわよ、と脅かされて持参した木綿のカーディガン。 結局一度も手を通すことなく過ごした。 標高1400mの高原、夏の短い清里でも、晴れさえすれば強烈な夏の日差しが肌を直撃する。 ...続きを見る

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2015/07/17 00:33
まきば公園から県立八ヶ岳牧場へ
山梨から企業が次々に撤退していったと聞く。 大消費地を控えた当地は、打開策としてのびしろのある農業に本腰を入れて取り組んでいこうとしているようだ。 美しく整備された「まきば公園」を高台から一望するだけでも、そのことが納得される。 テレビの地方局をみていたら、学校の学科でもワインの醸造にさらに力を入れてゆくことがニュースに取り上げられていた。 ...続きを見る

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2015/07/16 00:09
聖アンデレ教会を目指し 農場の道を行く
特急あずさに乗るまで2時間ほどあったので、清里聖アンデレ教会を訪ねてみようと思った。 ピクニックバスを清里駅のひとつ手前の停留所、キープ農場前で下車。 清里駅から北西方向に清泉寮までポール・ラッシュ通りがまっすぐに延びている。 その道を清里駅方向に少し進んで右に折れるとキープ協会の本部事務所とキープ自然学校がある。 ...続きを見る

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2015/07/15 00:00
雨の日、清泉寮にて
清泉寮には雨もまた似合う。 まだ本降りではなかったけれど、しとしと、或はぽつりぽつりと梅雨の雨… 森に入ると折り重なった葉が分厚い天蓋となって、ほとんど濡れない程度の雨だった。 ...続きを見る

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2015/07/11 20:51
ゆり園にて
実地踏査を兼ねて、という名目で所沢のゆり園を訪れました。 週日であるにもかかわらず、最寄り駅の西武球場前へ向かう人が多いのに驚きました。 ...続きを見る

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2015/06/26 19:22
太宰治の辞書
本書におさめられた3篇のうち、表題作「太宰治の辞書」は書下ろしである。 ...続きを見る

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2015/06/24 21:58
越後のミケランジェロ 石川雲蝶 西福寺開山堂&栄林寺にて
醸造の町・摂田屋の見学を終えて、宮内駅までガイドのFさんに車で送ってもらった。 ...続きを見る

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2015/06/21 21:14
サフラン酒造 摂田屋めぐり
蔵の扉や軒廻り、開口部の楣部に施された鮮やかな色漆喰の鏝絵。 その映像をネットで観た時から、「サフラン酒造」というエキゾチックな名前との相乗効果もあって、いやが上にも想像力をかきたてられてきた。 ...続きを見る

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2015/06/18 19:05
蓬平温泉にて
車窓から眺めるだけで、むき出しになった山肌が斜面のところどころに見受けられた。 間もなく緑に覆われることになるのだろうが、同時に新たに崩れる箇所もあるだろう。 雨水と地震が山と谷の地形を時々刻々と変化させてゆく。 ...続きを見る

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2015/06/15 22:37
山古志めぐり
上掲の写真は、絵葉書で「晩秋の棚田」 長岡市川口木沢で平沢栄一氏によって撮影された。 「長岡震災アーカイブセンターきおくみらい」でアンケートに答えて、頂いたものだ。 この棚田が観たかったのだが、観光タクシーの規定のコースには入っていなかったため、ドライバー氏と交渉して多少のコース変更をお願いすることにした。 ...続きを見る

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2015/06/13 19:50
アオーレ長岡 そして長岡震災アーカイブセンター「きおくみらい」
「角突き」を見学した翌日、小千谷から長岡に向かった。 ...続きを見る

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2015/06/12 21:34
牛の角突き 小千谷闘牛場にて
小千谷闘牛場で「牛の角突き」を観るために、Kさんと東京駅発8:24のMaxときに乗車。 小千谷着が10:47 駅前を小千谷闘牛場行のバスが発車するのが11:35だったが、その日泊まるビジネスホテルは駅から大分離れていて、リュックを預けるのを諦め、そのままバスを待った。 駅にはロッカーもなく、駅員はホテルの場所も闘牛場送迎バスのことも何も知らないのだった。 小千谷の町の中心は、JRの駅周辺ではなく、ホテルの立地する小千谷インターチェンジの近くらしかった。 駅前には土産物店... ...続きを見る

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2015/06/11 20:05
金沢21世紀美術館
鈴木大拙館からは木道の散策路が木洩れ日の下を本多公園まで続いている。 本多公園というのは藩政時代、加賀八家のひとつである本多家の下屋敷があったところだ。 現在、中村記念美術館、松風閣庭園がある。 私とHさんは、そろそろお腹も空いてきたことだし、石川県立美術館のカフェテリアで小休止しようと、「美術の小径」を上って行った。 階段沿いを辰己用水が滝となって流れ落ちてゆく。 前のページで紹介したマイクロ水力発電設備である。 ...続きを見る

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2015/06/06 19:38
百万石の底力 兼六園
長谷川如是閑は、ユーモラスでくだけた筆致の印象記「金澤行」を残している。 明治41年に大阪朝日新聞に連載されたものだが、兼六園について書かれたくだりを読めば、何だか相当の教養がなければ解読不能と思い込み、この有名な大名庭園に対し妙に構えた我々の肩の力を抜き去ってくれる。 いわく ...続きを見る

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2015/06/05 23:36
鈴木大拙館と松風閣庭園
最も有効な行動は、ひとたび決心した以上、振り返らずに進むことである。                            鈴木大拙著「禅と日本文化」より ...続きを見る

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2015/06/03 20:50
金沢 水と緑の街
金沢は水の街である。 駅前からエスカレーターで地下に下りるとまず 水の恵みを象徴するかのように、人工の滝が壁面をつたって流れ落ちている。 駅前のホテルに入れば、ロビーの大きな水盤に水が溢れている。 ...続きを見る

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2015/06/02 23:27
聖なる世界へ MOA美術館にて
現在あるMOA美術館が開館したのは1982年というからかれこれ33年近くの歳月が流れているのだ。 当時から評判だったのは、美術館のアクセスに使うエスカレーター、そして尾形光琳の紅白梅図屏風、野々村仁清の色絵藤花文茶壺、さらに復元された豊臣秀吉の黄金の茶室である。 今回私にとってははじめての訪問になった。 ...続きを見る

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2015/05/27 22:45
川奈ホテルにて
川奈ホテルが当初、ゴルフ場のクラブハウスとして発足したことについては経緯があった。 大倉財閥の創始者である大倉喜八郎の長男、喜七郎が伊豆の川奈に広大な土地を取得したのは、牧場経営が目的だったという。 英国留学の影響で、イギリスの牧場に憧れ、牧場経営に乗りだす決心をし、計画まで立てていたのだ。 ところが川奈の土地は牧場には適さず、昭和3年(1928)にゴルフ場として出発することになった。 現在の大島コースである。 昭和11年に客室57室で開業したのが、クラブハウスを前身と... ...続きを見る

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2015/05/22 23:51
フランス式庭園の薔薇 河津バガテル公園にて
河津バガテル公園で5月の薔薇の様々な表情を楽しんだ。 西武ドームで開催されたバラ展が終了し、友人からその感想を聞いたばかりだった。 今年の「国際バラとガーデニングショウ」は特に素晴らしかった由。 会場の混雑を思い億劫な気持ちが先に立って見逃していたのだ。 そんな折、いとこがドライブの途中、薔薇園訪問を提案してくれた。 ...続きを見る

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2015/05/21 21:42
映画看板の街 青梅
「梅70」は都内最長の路線バスである。 走行距離30q余、所要時間2時間弱、総停留所数93 青梅街道を西武柳沢駅前より一路、青梅へとひた走る。 ...続きを見る

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2015/04/22 15:29
奥多摩の春 御嶽渓谷遊歩道を歩く
奥多摩の春は遅い。 梅岩寺の枝垂桜の見ごろを訪ねると、都心でソメイヨシノが満開になってから2日後だという。 ...続きを見る

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2015/03/27 14:39
壮麗な地下神殿 首都圏外郭放水路にて
私たちは床も天井もコンクリートで覆われた巨大な空間にいる。 頭上はるか18mの高みにある天井を支えているのは500トンの柱59本だ。 天井の明かりがようやく足下に届いて、水たまりの表面に冷たく反射していた。 ...続きを見る

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2015/03/07 22:13
中正紀念堂 台北にて
龍山寺門前でタクシーを拾い、中正紀念堂へ向かう。 何度も言うようだが、タクシーが多い上に安いため、足がわりとして 便利に使うことができてありがたい。 ...続きを見る

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2015/02/19 17:06
龍山寺 台北にて
台湾は松山空港に到着後、タクシーを拾って、台北駅前のホテルに投宿。 その日の夕食は、京鼎楼(ジンディンロウ) 旅の行程はすべていとこが綿密なリサーチを経てつくったもので、すっかり頼り切って勉強不足だった我が身をちょっぴり反省する。 交通網が全く分からなかったが、その点、タクシーが安いので(というより日本のタクシーが高すぎるのかもしれないが)助かる。 滞在中は、タクシーを最大限利用して移動することになった。 ...続きを見る

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2015/02/11 23:43
台湾事始 屋上庭園よりの眺め
台北の1月、2月の気候はぐずつきがちとガイドブックにあったけれど、大雨に降られることなくまあまあの天気だった。 しかし写真のとおり、すっかり晴れ上がるということは少ないようだ。 ...続きを見る

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2015/01/26 23:44
國立台湾博物館
総統府正面に突き当たる両側10車線という広い通り、凱達格蘭大道を二二八和平公園に向かった。 総統府とは通りを挟んで向かい側に「白色恐怖政治受難者紀念碑」と大書された白壁が目につく。 戦後、本省人の抗議デモに対して憲兵隊の発砲に端を発する、国民党政府による本省人の大弾圧を記念する碑だった。 これが二・二八事件で、この時発令された戒厳令は40年後の1987年まで継続することになる。 日本の敗戦後、蒋介石が入った総統府前に、事件の犠牲者を追悼する記念碑が対置されることで、本省人... ...続きを見る

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2015/01/23 22:09
北門と台湾総統府庁舎(旧台湾総督府)
台湾4日目の午後1時、台南より台湾新幹線(高鉄)で台北駅に帰着。 駅正面のホテル、シーザーパーク台北より北門まで歩く。 約500mほど西進。 ...続きを見る

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2015/01/20 20:27
杭州料理 天香楼にて
ランディス台北ホテルの天香楼にて「杭州料理」を頂きました。 小龍包のお店にするか、少し迷った末に、「杭州料理」に決めました。 同行したいとこが企画した台湾旅行、四日目の夕食の選択です。 ...続きを見る

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2015/01/16 23:10
本田靖春著「K2に憑かれた男たち」
数十羽のニワトリを同じ条件で飼育していると、その中から強者があらわれて、これに追従する群が形成される。反対に弱者も出てくるが、これは強者を中心とする群にいじめられて、ますます弱くなってゆく。そして、弱いニワトリをかばうものは一羽もいない。 ...続きを見る

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2014/12/22 19:41
「ホーキング、自らを語る」を読んで
数日前のネットニュースに、人工知能が完成すれば、それは人類の終焉を意味するだろうというスティーヴン・ホーキングの談話が掲載された。 人工知能は自己を再設計することにより加速度的に進歩するため、生物的制約に縛られた人間は追いついていけない、ということだった。 ...続きを見る

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2014/12/06 18:46
太古からの霊地 下鴨神社
京都では遅くまで紅葉が楽しめるという「糺の森」 下鴨茶寮をあとにして、京都最後の時間を下鴨神社で過ごしたのはもう一カ月以上前のことになってしまった。 写真の鬱蒼とした森も日毎に秋が深まり、今頃は紅葉が鮮やかさを増していることだろう。 ...続きを見る

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2014/11/09 21:51
近代化遺産の光と影 富岡製糸場
「富岡製糸場と絹産業遺産群」として世界遺産に登録された富岡製糸場を訪ねた。 一時は入場券売場に列をなしてようやくチケットを買う有様だったと聞く。 週日のその日は、見学に影響するほどのことはなかったものの、たいそうな人出に驚いた。 ...続きを見る

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2014/11/06 21:08
ノルマンディー展 近代風景画のはじまり
雨の土曜日 損保ジャパン日本興亜美術館に「ノルマンディー展」を観に行った。 リーフレットのキャプションに 「絵にある風景(ピクチャレスク)」をめぐる旅」―イザベイ、クールベ、ブーダンからデュフィまで とあり 「印象派のふるさと」「近代絵画のはじまり」という副題がついていた。 ...続きを見る

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2014/11/02 22:34
塩沢湖秋景 軽井沢タリアセンにて
富岡製糸場を見学した後、軽井沢に向かった。 ようやく晴マークのついたウィークデー、富岡製糸場の人出には驚いたが、なぜか軽井沢は塩沢湖畔、午後の風景は以下の通り、静謐そのものである。 車から降りたとたん、冷たく澄んだ空気が気道に流れ込んだ。 ほっと肩の力が抜ける瞬間である。 数日降り続いた雨の後で、一段と紅葉が進んだようだ。 高原の秋は早い。 ...続きを見る

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2014/10/27 21:26
京都府庁舎旧館
京都府庁舎を訪ねた。 宿から散歩がてら歩いて10分ほど。 烏丸通を聖アグネス教会のある交差点で西に折れて府庁舎の正門までおよそ300m、京都御苑から至近の距離にある。 ここの枝垂桜が名物で、花見の名所にもなっているそうだ。 花盛りの頃には、神社仏閣を背景にした桜とはまた違った趣があることだろう。 ...続きを見る

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2014/10/25 18:28
十五年後の高山寺
常照皇寺を訪ねた後、美山まで足を延ばすこともできたのだが、復路、高山寺に立ち寄ることを考えると時間的に少々きついようだった。 中天にあった日は早くも傾きはじめ、山里の日暮れは予想以上に早いと思われた。 ...続きを見る

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2014/10/22 23:14
パワースポットのある植物園 京都府立植物園にて
植物園内のカフェでホットケーキとコーヒーの簡単な朝食をとった。 目の前は広い芝生地になっていて、気持ちが良い。 旅先の京都で植物園を訪れるなんて、何となく贅沢な気分だ。 歴史遺産とはちょっと距離をおいて、日常の京都に接する気安さ。 ウィークデーの朝から植物園を訪れる人は少ないが、早起きのお年寄りが散歩をしたり、植物観察のグループがボランティアの説明に耳を傾けたりしている。 ...続きを見る

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2014/10/16 17:52
樂美術館を再訪する
京都駅の観光案内所で広域マップをもらって、地下街のイノダ・コーヒーで昼食の後、市営地下鉄で丸太町へ。 ぶらぶら歩いてゆく間にも、烏丸通沿いには門を鎖してはいるが大丸ヴィラ(非公開)があり、聖アグネス教会がある。 いちいち足を止めては、説明板を読んでいると瞬く間に時間が過ぎてゆく。 京都の町は一木一草、あだや疎かにできないと思うと、一向に前に進まないのだ。 ...続きを見る

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2014/10/14 18:14
下鴨茶寮にて
京都府立植物園を歩いた後、下鴨神社・糺の森近くにある下鴨茶寮に寄った。 京都は美味しいもののないところだ、と昔、地付きの京都人は言ったものだ。 海から遠い内陸に、鯖は一塩して日本海側から鯖街道を通って運ばれた。 古くからの料亭は主要な街道筋の茶店から発達したものも多い。 流通の発達した今日では、付加価値をつけるのが上手な京都の伝統は鬼に金棒だ。 ...続きを見る

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2014/10/11 17:35
北村美術館 京都にて 「秋更の茶」
昨夜の月食を観てから、秋が急に深まってきたような気がする。 北村美術館を訪れた時は、まだ去りがての夏が居座り、秋季取合展「秋更の茶」という題目もぴんと来なかった。 京都御苑の緑も、紅葉を予感させる前に、ただ力なく退色していくように見える季節。 ...続きを見る

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2014/10/09 21:27
北山杉の里
蛤御門前のホテルを発って小一時間。 今出川通を西進、嵐電の北野白梅町駅前を通り、仁和寺の門前を過ぎて、国道162号線に入る。 目的地は北山杉の里だ。 さらに高山寺の参道下を通ってトンネルを2つ潜ると間もなく「京都北山杉の里総合センター」に着く。 倉庫の壁面に「京都北山丸太生産協同組合」とあった。 ...続きを見る

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2014/10/07 16:12
北朝天皇の終の棲家 常照皇寺
交通の便が悪いこともあって、なかなか訪ねることができないでいた常照皇寺。 有名な九重桜が咲く頃に、と狙いを絞るとなおさら行けない。 今回の京都行きで、いとこが計画をたててくれた北山杉見学のついでに立ち寄ってみようということになった。 桜の時季ではないが、北朝の光厳天皇が隠棲した最期の地として、歴史的な感興もあるだろう。 ...続きを見る

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2014/10/03 01:24
奥武蔵 休暇村にて
休暇村が新たに奥武蔵の吾野にできたので、家から近いこともあって、敬老の日に出かけてみました。 宿は吾野駅より国道299号線を秩父方面へ車で5分ほど、高麗川の畔に位置しています。 (吾野駅から送迎バスがあります) ...続きを見る

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2014/09/23 00:08
ヒガンバナの里 高麗郷散歩
西武線高麗駅より巾着田まで歩いて15分ほど。 改札を出てすぐのガードレールを潜ると、上掲の無人直売場が目を引いた。 隣のテント張りの出店には、飾りかぼちゃ、艶やかなハナナス、唐辛子、栗や小さなトウモロコシなどが、いかにも実りの秋といった風情で、様々な籠に様々なアレンジで盛られて並んでいた。 あまりの可愛らしさに思わず手が出てしまう。 これから歩こうというのに、売れないうちにと考え、お気に入りのひとつをゲット。 帰りに立ち寄ることにして料金だけ払っておく。 ...続きを見る

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2014/09/18 23:23
高麗郷 巾着田のヒガンバナ2014
吾野からの帰りに、ヒガンバナが群生する巾着田を訪れました。 吾野の高麗川河畔にひっそりと咲き始めたヒガンバナを目にして、巾着田もまだ見頃には少し早いだろう、とあまり期待せずに立ち寄ってみたのですが、これが予想外。 高麗川が蛇行して河岸の田圃を取り囲む形から名付けられた巾着田。 その巾着の底にあたる河岸段丘に群生するヒガンバナが一斉に咲き揃って、それは見事でした。 早咲きだということです。 巾着の口にあたるところのヒガンバナは遅咲きで、まだ蕾のままのものが多く、花もまばら... ...続きを見る

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2014/09/16 21:45
被災地 陸前高田の今
浄土ヶ浜より三陸海岸沿いに南下。 瓦礫は片づけられたが、もののみごとに何もない。 基礎だけを残す住宅跡… 仮設住宅が断続的に車窓にあらわれる。 ...続きを見る

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2014/08/10 23:29
盛岡散歩 奥州街道沿いに
街を吹き渡る風が清々しい。 鮭が遡上する中津川沿いは特に気持ちが良い。 中津川は、盛岡城跡公園の南西で雫石川とともに北上川に合流し、やがて宮城県に入り、石巻湾と追波湾で太平洋に注いでいる。 町中を鮭がのぼってくるなんて、東京の人間には考えられないことだ。 道を尋ねた散歩中の母娘さん、あれこれ思案しながら県庁へ行く道筋を教えてくれた。 夕食の準備の前に、川沿いの散歩を日課にされているのだろうか… 地方都市に住むゆとりと優雅さを垣間見て、つかの間うらやましい気分がしたもの... ...続きを見る

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2014/07/29 19:27
中尊寺 奥州藤原氏の栄華のあとを訪ねて
(源頼朝に滅ぼされた奥州藤原氏三代の栄華のあと、ということで鎌倉日記に続けて平泉は中尊寺の写真をアップしておきましょう) ...続きを見る

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2014/07/22 22:56
新江ノ島水族館にて
決して安くはない入場料を払って水族館に足を運ぶ理由は何だろう。 誰に咎められることもなく童心にかえって好奇心を全開 無心で生命の神秘を受けとめるためだろうか。 今さら生命の神秘なんて手垢のついた言葉を使うのは面はゆいのだけれど だったら何だろう…と考える。 生きていることの不思議か、その先に生きることの意味という難解な問題が控えている。 言葉の世界から逃避するために水族館に来たのではなかったのか… それなのに、いつの間にか言葉による説明を求めている。 ...続きを見る

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2014/07/19 19:02
七里ヶ浜から長谷まで歩く
江ノ電を七里ガ浜駅で降り、行合川を渡る。 川は七里ガ浜の海に注ぎ、潮の香は橋の上にも満ちていて、たちまちに海浜特有の停滞的な時間の中へと投げ込まれてしまう。 ...続きを見る

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2014/07/17 19:38
円覚寺 鎌倉五山第二位
建長寺総門前でタクシーをつかまえて、鎌倉街道を北西方向へ、円覚寺に向かう。 途中JR横須賀線の踏切を渡るが、平日であるにもかかわらず、車の進行はのろい。 繁忙期の混雑からすればこれでも「ガラガラだ」と運転手。 ...続きを見る

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2014/07/15 17:36
建長寺 鎌倉五山第一位
鶴岡八幡宮から巨福呂(こぶくろ)坂の切通しを抜けて建長寺に向かった。 この道は建長寺、明月院などの門前を通り円覚寺へと続く。 休日は車も人も多くなることだろう。 建長寺門前の鉢の木へ寄って早めの昼食をとることにした。 店名の由来は北条時頼の廻国伝説によるもの。 ...続きを見る

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2014/07/12 10:44
七夕の鶴岡八幡宮
天候がくずれる前にと考え、鶴岡八幡宮から建長寺、そして円覚寺まで歩くことにした。 歩くといっても山と海に囲まれた鎌倉は、切通の道に車も人も殺到するので、由緒ある古道であってものんびり歩いてなどいられない。 車道のわきの細い歩道を、排気ガスを気にしながら通行するようなことにもなりかねない。 ...続きを見る

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2014/07/09 22:23
新考察「銀河鉄道の夜」 もりおか啄木・賢治青春館にて
盛岡に着いてから、夜の会食までの時間を友人と市街をぶらついてみることにした。 盛岡には5年前に来たことがあるので、土地っ子のように町を自由に歩けるのが爽快だった。 ...続きを見る

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2014/06/30 23:11
浄土ヶ浜 三陸復興国立公園にて
盛岡駅前のホテルを出発して、バスは間もなく宮古市に入る。 国道106号線はここよりJR山田線に並行して東進。 2時間ほどで三陸海岸は浄土ヶ浜に到着した。 ...続きを見る

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2014/06/27 22:30
三陸海岸沿いを南下する 津波の爪痕
盛岡へ寄った折、よい機会だと思い一泊のバスツアーに参加。 三陸海岸沿いを宮古より陸前高田へと南下しました。 津波被害の惨状、三年あまり後の風景を見ることになりました。 私にとって東日本大震災後はじめての、東北は岩手の旅でした。 ...続きを見る

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2014/06/25 19:25
ザ・プリンス箱根にて
インターネットが普及してから旅のプランはたてやすくなったけれど、それでも旅の幹事役は大変だ。 空模様があやしくなるとぎりぎりまでお天気が気がかりだし、参加者の誰かが体調不良でドタキャンなんてこともあり得る。 実地踏査ができなくて現地の詳細な状況が分からずに一抹の不安を抱えて出発することもある。 そんなこんなで苦労していると 「観光屋にまかせた方がいいよ」 なんて言われてしまう。 けれど手作りの旅の楽しさを味わったら、旅の美味しいところを代理店にまかせるわけにはいかない... ...続きを見る

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2014/06/05 17:42
実朝幻想 箱根にて
雨に濡れたせいだろうか、鳥居の朱が殊更目に染みる。 箱根神社といえば二所詣で。 源頼朝が石橋山の合戦に敗れて敗走する際、別当に助けられて以後、鎌倉幕府の尊崇厚く、絶大な庇護を受けたという。 ...続きを見る

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2014/05/30 23:08
太古の風景 箱根湿生花園
箱根に泊まった翌日、箱根湿生花園に行く。 以前訪れた時も傘を差していた記憶がある。 人間にとって時に煩わしい雨も植物には慈雨である。 緑も花の色もことさら鮮やかに美しく、瑞々しい。 ...続きを見る

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2014/05/28 23:25
「モディリアーニを探して」 ポーラ美術館にて
箱根のポーラ美術館に出かけた。 あいにくの雨模様… 箱根で雨の記憶は少なくない。 ...続きを見る

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2014/05/23 22:20
「ひたすら確かなものが見たい 白洲正子」を読んで
白洲正子の骨董の師匠が青山二郎であるのは有名な話だけれど、骨董によって文学を知ったと自ら語った小林秀雄が白洲正子に文学の何たるかを教えた。 モノにあれだけ愛着した白洲正子が晩年に至り「所詮モノよ」と言い放ったという話をどこかで読んで、なるほどモノに秘められた美の背後に人がいて、モノそのものよりも作者なり伝統を受け継ぐ人の実在こそ大きかったのだろうという気がしたものだ。 ...続きを見る

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2014/05/15 19:12
自治の町今井町
旅の初日から雨だった。 京都へ向かう新幹線の中で今井町を訪ねてみようと思った。 旅人にとって奈良はもっぱら古代史と万葉の世界である。 中世から近世がすっぽり抜け落ちて、突然現代につながっているのだ。 雨の障りがあまりない観光先をと思案しながら、その膨大な歴史の空白を埋めるべく今井町訪問を思い立った。 ...続きを見る

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2014/05/09 18:52
小雨降る古京飛鳥 石舞台古墳にて 
石上神宮を訪れた日の午後、そぼ降る雨を厭う母を宿に残し、橿原神宮前駅より明日香周遊バスに乗った。 地図を持参するのを忘れたので、飛鳥地方の詳細地図をまず手に入れたいと思った。 発車時間までバスの運転手と話しているとすぐ後ろのシートより 「下見ですか」 聞けば彼女たちは、7月のグループ旅行のための実地踏査だという。 生憎の雨の月曜日。 屋根のある場所に避難したいところだけれど飛鳥資料館も奈良県立万葉文化館も犬養万葉記念館も定休日である。 バスの乗客も少なかった。 石... ...続きを見る

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2014/05/05 12:20
鬱蒼とした森の中の霊場 石上神宮
日本書紀は武烈天皇の条に、天皇が皇太子だった時、物部麁鹿火(あらかび)の娘影媛を娶ろうとして平群鮪(へぐりのしび)と争う話がある。 影媛はすでに鮪と通じていて、歌垣の場でそれを知った皇太子は鮪を奈良山で殺してしまう。 影媛は夫が殺害される一部始終を見、半狂乱になって葬列の後を追って行く。 ...続きを見る

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2014/05/03 20:09
比叡山の桜 延暦寺東塔にて
雨天で吉野の花見を翌日に順延したため、橿原から比叡山までは従兄の車で移動することになった。 比叡山内のホテルに着いて 「どちらから」と聞かれ 「吉野から」と答えると、ちょっと驚かれた。 奈良県橿原を出発して大阪府を経由、琵琶湖畔の大津から比叡山ドライブウェイを走って比叡山中腹、標高600mにあるホテルまで2時間余。 ドライブウェイの途中で琵琶湖を遠望した。 比叡山頂付近は吉野奥千本とほぼ同じ標高だが、桜の開花は少し遅いようだ。 ...続きを見る

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2014/04/29 19:17
金峯山寺(蔵王堂)
観桜期には吉野山周辺は交通規制が敷かれるので要注意だ。 下千本から勝手神社までは歩行者天国が実施されるので、マイカーでの観光は避けた方がよさそうだ。 私たちが出かけたのは4月22日。 すでに桜の最盛期を過ぎていたので、マイカー規制は外されていたが、近鉄吉野線で出かけた。 吉野駅でまず柿の葉寿司を調達(駅前の笹岡食堂の自家製と明記されているのを購入。これがさっぱりしていて美味しかった)の後、タクシーで観光車道を奥千本方面に向かう。 ...続きを見る

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2014/04/27 16:25
西行庵へ 吉野奥千本
花見の季節、日のよっては3万人が吉野山に入山するそうだ。 人出を恐れて、今に至るまで「別格」の桜を観ることなく過ごしてきた。 ナラタケモドキ菌の被害がいわれるようになって、いよいよ吉野の桜も見納めかと悲観していたところ、従兄の誘いで決心した。 奥千本が穴場だと聞いていたこともあって、時季をずらして出かけることになった。 週間天気予報は生憎の雨マーク。 直前に雨マークが消え、雨後の山道を西行庵に向かった。 ...続きを見る

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2014/04/24 22:26
東京都民の水源 多摩川
東京都民の水道水の約2割を多摩川が供給している。 約8割を担うのは言うまでもなく利根川と荒川だが、三多摩に住むものにとってなじみ深いのは多摩川である。 そもそも東京都民の水源を確保する必要から多摩地区は、明治26(1893)年に神奈川県から東京府に編入されたのだった。   源流を山梨県は笠取山の南斜面、水干(みずひ)に発し、奥多摩湖(小河内ダム)に注ぐまでは「丹波川(たばがわ)」と呼ばれている。 ...続きを見る

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2014/04/16 19:02
川合玉堂美術館
どこにでもあるようで、どこにもない絵・・・ 川合玉堂の作品を評したその言葉をどこかで読んでなるほどと思ったことがあった。 ...続きを見る

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2014/03/28 19:05
即清寺へ
関東地方を寒波が襲った日、物好きにも!梅郷の寺を訪ねながら歩いてみようということになった。 釜の渕公園を抜け、大柳のバス停から都バスに乗った。 がら空きのバスは吉野街道を西進する。 その名もゆかしい「よしの」街道 停留所は「即清寺」で降車し横道に折れると、「草思堂通り」とあった。 右へ行けば翌日訪ねることになる吉川英治記念文学館だ。 左へ折れると左手に墓地、右手に寺の塀が続いている。 ...続きを見る

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2014/03/24 16:02
旧宮崎家住宅 青梅市釜の淵公園にて
青梅駅から多摩川に向かい橋を渡ると15分ほどで青梅市釜の淵公園に着く。 多摩川がU字状に蛇行する、その河岸段丘上に整備された公園である。 公園内の一角に旧宮崎家住宅が多摩川を見下ろすように東面して建っている。 山ふたつほど越した北小曾木(きたおそき)村夕倉(現・青梅市成木八丁目)から移築復元されたものだ。 19世紀初頭に建てられたと推定される平均的な農家である。 ...続きを見る

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2014/03/21 18:57
金剛寺の梅
「お帰りは門からお出でなさいまし」 と丁寧に見送っていただいて、旧稲葉家住宅をあとにした。 ...続きを見る

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2014/03/19 18:42
旧稲葉家住宅 青梅宿にて
都バスの最長路線をご存じだろうか? 梅70系統である。 西武柳沢駅を発車すると約30km、ひたすら青梅街道を西進する。 終点は青梅車庫。 10年ほど前、日もとっぷり暮れてから、青梅駅で友人たちと別れた後 復路の終点・西武柳沢駅まで乗り通したことがあった。 柳沢についた時、暗夜、乗客一人だけになっていた心細さをふと思い出す。 ...続きを見る

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2014/03/17 19:27
吉川英治記念館へ行く 青梅梅便り
真冬に逆戻りした日の翌日は晴れわたり、気温も5度ほど高くなったようだ。 川合玉堂美術館を訪ねた後、二俣尾駅より吉川英治記念館を目指して歩き始めた。 途中で花の手入れをしている老婦人に道を訪ねた。 都心でさえ30pの積雪をみたこの間の雪は、青梅では70p近くも降り積もったという。 北斜面の林間にはまだらに雪が残り、軒下の雪はいつまで経っても消えないでいる。 ...続きを見る

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2014/03/13 14:04
日光拾遺
ホテルのメインダイニングから真赤に紅葉したドウダンツツジが見える。 庭を横切って道路を渡れば中禅寺湖だ。 湖畔の道は立木観音堂の参道になり、さらに南へ行くとイタリア大使館別荘記念公園である。 そして半月山(1753m)に至る中禅寺湖スカイラインに続いている。 ...続きを見る

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2013/11/07 19:02
華厳滝と東照宮
日光山内は、日光東照宮、二荒山神社、日光山輪王寺の二社一寺が隣接しているが、これは明治4年の神仏分離令によって分立した形式で、今でも日光の魅力は神仏混習時代の名残を色濃く留めていることだろう。 ...続きを見る

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2013/11/03 20:30
湯ノ湖・湯滝・龍頭ノ滝
赤沼からさらに北上して日光白根山麓の湯ノ湖へ。 湯ノ湖は三ツ岳の噴火によってつくられた堰止湖で、この辺りは湯元温泉街になっている。 湯元温泉神社は788(延暦7)年勝道上人の開基を伝える。 ...続きを見る

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2013/10/30 17:21
小田代ヶ原 2013年10月22日
小田代ヶ原、2013年10月22日の景色。 東照宮周辺と比べると奥日光ははるかに観光客も少なく、深まりゆく秋の静けさを思う存分味わうことができる。 青空がのぞいたかと思うと、次の瞬間には再び雲に覆われるという空模様。 秋というよりすでに冬が駆け足でやって来るようだ。 ...続きを見る

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2013/10/28 19:08
イタリア大使館別荘記念公園 中禅寺湖畔にて
10月21日 天気予報を気にしながら、東北自動車道を北上。 従兄の運転する車で、総勢7人紅葉の日光を目指した。 いろは坂より中禅寺湖畔に上り、立木観音堂向い歌ヶ浜の駐車場で降車。 以前より気になっていたイタリア大使館別荘を訪ねた。 自動車道路と並行する湖畔の遊歩道を約15分。 カエデなどの落葉樹の紅葉が美しい。 雨上がりの苔の鮮やかな緑色、ヤマブドウの葉の深紅が目に沁みる。 急速に秋が深まってゆくようだ。 大気には香ばしいカツラの匂いが混じっている… ...続きを見る

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2013/10/26 17:25
武田信玄と信虎 甲州拾遺
英雄豪傑の話は誰でも好きなものだろう。 幸田露伴の描く武田信玄や今川義元など、歴史的客観性を具えているにしても、記述する段になれば、「虚談」の痛快さ、面白さの誘惑を知り尽くしていて、筆が饒舌極まりなくなってくるのは、万人が抱く願望の結果であるといえる。 武家政権をはじめた源頼朝にしろ、室町幕府をおこした足利尊氏も、徳川の治世となって安定するまで日本各地に群雄割拠した戦国大名たちも、伝えられるほど豪胆一方の人ではなかったに違いない。 ...続きを見る

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2013/10/18 20:28
八田家書院 石和の町を歩く
中央線を石和温泉駅で降り、ぶらぶらと宿の方角に向けて歩いていると 「どちらへいらっしゃいますか」 と声をかけられた。 大月で、乗換列車を待っている時に言葉を交わした女性だった。 「くにたち、へ」 と答えると、何と 「うちです」とおっしゃる。 「女将をしていましたが、今は嫁まかせです」 ...続きを見る

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2013/10/09 21:14
甲斐善光寺 遍歴する人と仏
武田神社から甲府駅に戻り、駅ビルであわただしく昼食をとった後、日に2本しかないバス便で「かいてらす」へ。 「かいてらす」は山梨県の地場産業による商品を販売している。 印伝は古典柄から新製品まで、本店を除くと、どこよりも品揃えがよいように思う。 ...続きを見る

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2013/10/07 19:32
躑躅ヶ崎 武田氏館跡
中央線甲府駅よりバスで北へ10分ほど。 10月に入ったというのに蝉の声が聞かれる日、武田氏三代の居館であり政庁だった「躑躅ヶ崎館跡」を訪れた。 相川扇状地の入口にあたり、三方を山で囲まれた要害の地である。 鳥居の南側には甲府盆地が広がっている。 信虎・信玄・勝頼の三代にわたる60余年、武田氏の本拠となり城下町が築かれたところだ。 大正8(1919)年に信玄を祭神とする武田神社が造営されている。 ...続きを見る

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2013/10/05 23:15
佐久平拾遺
佐久平駅と蓼科のホテル間を送迎するバスが、片道45分往復とも貸し切り状態だったので、運転手の方から話を聞くことができた。 色づき始めた稲穂が連なり、高度を上げるにつれ白い蕎麦の花も見られるようになった。 佐久平が米どころであることを実感した。 瑞穂の国に生まれたDNAのせいだろうか、一面の黄金色を見ると豊かな気持ちになる。 五郎兵衛米というコシヒカリのブランド米があるとのこと。 年々温暖化する日本列島でやがて北海道や、本州でも高地に却って美味しい米ができるようになるのか... ...続きを見る

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2013/09/23 18:00
懐古園 小諸にて
小諸へ行ったことがないという母のため、蓼科の帰りに懐古園に寄った。 蛇行してゆったりと流れてゆく千曲川は、遠い日の記憶の中に今なお鮮明に残っている。 城跡の高台から俯瞰した風景である。 ...続きを見る

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2013/09/18 22:33
御泉水自然園へ
御泉水自然園は、女神湖からさらに300mほど上った蓼科山中腹に位置する。 女神湖畔のホテルより歩いても行ける町営蓼科ふれあい牧場よりゴンドラリフトに乗って上昇すること5分ほど。 あいにくの雨模様で、北アルプスの雄姿を望むことはできなかったが、湿原の植物は人影もまばらな森で、密やかに生気を発散しているように思われた。 カラマツの枝々にはサルオガセが下がり、森を妖精の棲む神秘なおとぎの国に変えてしまう。 サルオガセは亜高山帯の針葉樹に着生する地衣類である。 長い間、閉ざされ... ...続きを見る

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2013/09/09 23:15
女神湖 湿原の花
女神湖畔で湿原の植物がよく保護育成されているのは、想像以上だった。 木道に設置された花のプレートの数だけでも植生が豊かなことが分かる。 ...続きを見る

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2013/09/08 19:32
女神湖にて
色づきはじめた田んぼと蕎麦の白い花の間を縫って 佐久平よりさらに800m上り、女神湖畔のホテルに投宿した。 例年にない猛暑の夏。 今夏は特に涼を求めて蓼科を訪れる観光客が多かったようだ。 ...続きを見る

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2013/09/07 16:48
薬師堂と湯畑 万座温泉にて
万座温泉は草津の湯より刺激が穏やかだと感じていたが、実は硫黄の含有量では日本一なのだそうだ。 一般に硫黄泉と呼ばれるものは硫化水素を含む温泉のこと。 それも遊離硫化水素を含む硫化水素型と、硫化水素イオンを含む硫黄型に分かれるそうだ。 硫黄泉は高血圧や動脈硬化に効くとされが、その効果は低濃度の硫化水素を長期にわたって吸入する結果ではないかといわれている。 ...続きを見る

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2013/08/01 22:49
牛沼と湿原 万座温泉にて
一時でも猛暑から逃れたくなった。 術後の母(網膜剥離)の療養を兼ねて万座温泉に出かけた。 軽井沢からさらに800m上るのでホテルには冷房設備がない。 扇風機を備え付けてあるが、湯上りに少し回すくらいだ。 ...続きを見る

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2013/07/28 12:13
軽井沢千住博美術館へ行く
軽井沢に千住博美術館を訪ねた。 ...続きを見る

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2013/07/25 17:08
トーハク日帰りアジア旅行
東京国立博物館の東洋館が今年1月リニューアル・オープンした。 耐震補強工事などのため、閉館は足掛け4年に亘った。 連日見学客でにぎわう平成館をよそにひっそりと静まり返っていたのが、少々寂しかったのだが、このたび生まれ変わって照明がLEDになるなど、展示の仕方もぐっと洗練された。 公式サイトに掲載されている「トーハク日帰りアジア旅行」というショートムービーがよくできていて、友人と約束したのが一カ月以上前のこと。 我々も仏像を訪ねながらシルクロードに沿ってバーチャルトリップす... ...続きを見る

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2013/06/30 20:19
六義園のしだれ桜
上掲の写真は「六義園のしだれ桜」として親しまれている「エドヒガン」です。 土曜の朝、突然のお誘いがあり、こういう機会でもないとつい先延ばしにしてしまうのが分かっていますので、思い切って出かけたものです。 「エドヒガン」の中でも、枝が柔らかいため垂れながら成長する種類であると説明板にありました。 ソメイヨシノより少し早く、お彼岸の頃に咲くそうです。 遠くから眺めるとまだ蕾と見えたものが実は花の散った後のガクで、樹の下は雪のように花弁が散り敷いていました。 枝ぶりの面白さや... ...続きを見る

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2013/03/25 21:31
寄物の流れ着く岬にて 渥美半島縦走記
伊良湖水道の潮流の速さは、阿波の鳴門や銚子沖に匹敵するとか。 島崎藤村が「椰子の実」を書くきっかけとなったのが、ここ伊良湖岬に流れ着いたヤシの実だったというのは有名な話だ。 実際には藤村が体験したわけではなく、柳田國男の談話にヒントを得たものだ。 ...続きを見る

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2013/03/17 23:01
柿田川湧水群
水は滾々と湧き出て絶えることなく 豊富な湧水は一級河川となり、1.2kmを流れて狩野川に合流する。 ...続きを見る

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2013/03/09 15:15
パワースポット 竹島をめぐる
竹島というと領有権問題で揺れる島根県の竹島がまず想起されるので、最初に断わっておく。 これからめぐるのは、愛知県は三河湾の内海、それも対岸より400mほど先に、ぽっかりとまるで海上の古墳のような趣で浮かんでいる島の方である。 朝鮮半島と日本列島のほぼ中間に位置し、激浪に洗われ、国際紛争の火種となる外洋の島とは、その運命を異にする。 (隠岐諸島の島後の港で見た、「竹島よ帰れ!」の大きな文字が今も目に浮かぶ) ...続きを見る

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2013/03/06 16:07
蒲郡ホテル(現・蒲郡クラシックホテル)にて
東京から京都・大阪を往き来しても、豊橋で新幹線から在来線に乗り継ぎ、蒲郡を訪ねる機会はあまりないのではないだろうか。 蒲郡ホテルのゲストルームから眺める風景は、東西を渥美半島と知多半島に抱かれた静かな三河湾だ。 目の前にぽっかり浮かぶ竹島にかけて400mの橋が一直線に延びている。 自然の風景がすでに昭和初期の保養地の面影をとどめている。 名古屋の繊維商・滝信四郎が昭和7年に、私費で架橋し 竹島の対岸に明治45年、料理旅館・常盤館を、昭和9年に蒲郡ホテルを建てている。 ... ...続きを見る

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2013/03/01 22:07
葛城山頂より大和平野と大阪平野を眺める
標高959mの葛城山頂はぬかるんでいた。 昨夜、山には雨が降ったらしい。 おまけにうす曇りで、期待していた大展望は裏切られたかたちになった。 確かに大阪平野と大和盆地が一望され、360度の眺望がきくという言葉に偽りはない。 ロープウェイで上昇中から眼下に大和三山が一望された。 ただ、仁徳天皇陵とされる巨大遠方後円墳がばっちり視界にとらえられる、なんてことは期待できない。 ...続きを見る

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2013/01/28 19:43
奈良県庁舎の屋上より
ご覧のように天気はあまり良くない。 近鉄奈良駅に降り立って、まずどこかで昼食をとることを考えた。 空腹なのは起動が早朝だったからだ。 柿の葉ずしの平宗か・・・ 釜飯の志津香は定休だし。 県庁の食堂も見晴らしがいいらしい。 駅前の横断歩道を渡ろうとしてふと、奈良女子大の近くに洋食屋があったことを思い出した。 東向北通を進むと少し奥まったところに、見覚えのある店の佇まいに吉川亭の文字。 ドアにガムテープが貼られているのを見て、過ぎ去った年月を思った。 大丈夫かなあ、... ...続きを見る

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2013/01/08 22:48
平林寺掃苔録
総門の外は、睡足軒の森 睡足軒の敷地は、平林寺境内林の一部で、現在新座市に無償貸与されている。 「電力の鬼」と呼ばれた実業家、松永安左ヱ門(耳庵)は、当地を屋敷地とし 昭和13年に飛騨高山付近の田舎家を移築し草庵とした。 最後の数寄茶人といわれた耳庵は、「田舎の茶」を楽しみながら親しい友人らと団欒の日々を楽しんだという。 昭和46年に永眠する。享年95歳。 遺志により葬儀・法要は一切執り行われず、法号もなく、傾倒した石室善玖の開山した平林寺に葬られた。 昭和47年に敷地と草庵が... ...続きを見る

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2013/01/04 14:33
平林寺に初詣 津田左右吉の墓に詣でる 
初詣に平林寺を訪れた。 紅葉にあかあかと彩られた時期とは全く様相を異にしていて 冬枯れの境内林は「極寂(ごくさび)」の世界だった。 ...続きを見る

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2013/01/02 23:02
橿原神宮前駅
奈良の地理と交通網に慣れると、宿は近鉄奈良駅より橿原神宮前駅近くにとるのが便利なことが分かり、以来橿原神宮前駅をよく利用するようになった。 駅前のホテルがボーリングして温泉を備えてから、ますます使い勝手がよくなった。 にもかかわらず、駅舎が村野藤吾の作品であるのを知ったのはごく最近のことだ。 もっぱら東口を利用することになるので、中央口の吹き抜け空間の意匠や、大和棟を模した大屋根の外観を目にする機会がなかったのだ。 ...続きを見る

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2012/12/31 19:55
虚構としての近代天皇制のメッカ 橿原神宮
橿原神宮の創建は明治23(1890)年。 新しい神社だからといって軽視することはできない。 いつ来ても、畝傍山を背後に控えた神社の境内は広々としていて、観光客がいてもうるさくない。 神域が人をのみこんでしまうからだろう。 ...続きを見る

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2012/12/27 21:49
嵯峨野トロッコ列車より 
紅葉の季節が終り、風景は冬枯れへと移り変わってゆきます。 エノキの大樹からはらはらと落葉して、歩道をころがる乾いた音… 冬の音です。 ...続きを見る

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2012/12/18 19:13
天龍寺へ 嵯峨野にて
嵐電を嵐山駅で降りると、間近にある総門を潜って、嵯峨野はまず天龍寺から見学する人が多いのではないだろうか。 後醍醐天皇の霊を祀る鎮魂の寺、足利の寺、夢窓国師の寺… 後醍醐天皇より神器は光明天皇に渡され、南北朝の争乱もついに北朝、足利尊氏の勝利に終わった。 夢窓疎石の深謀遠慮が、足利尊氏に後醍醐帝の菩提を弔う禅寺の建立を進言させた。 寺地は後醍醐天皇も幼少時を過ごしたという、後嵯峨上皇の亀山離宮の旧地。 古くは橘嘉智子が壮大な檀林寺を営んだところだ。 清新な外来思想であ... ...続きを見る

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2012/12/16 21:16
千代の古道 広沢池から直指庵へ
千代の古道(ふるみち)… 名前からしていかにも風雅で、その存在を確かめてみずにはいられなくなった。 宿のフロント係に尋ねると、現トロッコ列車の軌道のことや清滝道がかつて線路だった話になった。 それだけで嵯峨野の激しい変貌ぶりが伺われるが、肝心の「千代の古道」については確かな知見は得られなかった。 ...続きを見る

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2012/12/13 19:00
嵯峨御所大覚寺 夜間拝観
紅葉の季節に合わせてライトアップしている大覚寺を訪れた。 ...続きを見る

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2012/12/10 22:03
武蔵野の紅葉 平林寺にて
開門9時に少し遅れて総門を潜った。 すでにカメラマンたちが光とアングルを求めて逍遥している。 ここは武蔵野の古刹、平林寺。 約13万坪という境内林を誇っている。 記憶の中の禅寺は、ケヤキ、コナラやクヌギなどの雑木が鬱蒼と繁り、人影もない林間を独り行くのは恐いほどだった。 ...続きを見る

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2012/12/08 16:58
祇王寺から清涼寺へ 嵯峨野にて
祇王祇女そして仏御前の物語は改めて繰り返すまでもない。 ...続きを見る

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2012/12/06 18:16
野宮神社から常寂光寺へ 嵯峨野にて
まず常寂光寺を目指した。 それにしてもJRの嵯峨嵐山駅で下車してからの観光客の多さは予想以上だ。 人気の観光スポットだからやむを得ないにしても、こんなことならもう少し奈良で時間を費やすべきだったかな、と一寸後悔の念が過ったほどだ。 しかし、幸運なことにその落胆も長くは続かなかった。 紅葉の美しさに心を奪われてしまえば、辺りの喧騒もうそのように気にならなくなるものだ。 ...続きを見る

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2012/12/04 22:07
モミジの錦 嵐山にて
京都の紅葉といえば嵐山ははずせない。 渡月橋の南方、嵐山を見渡すと、すでに落葉した木々が目についた。 11月も終わりに近づき 紅葉の最盛期は過ぎようとしていた。 それでも、常寂光寺、祇王寺、直指庵などの紅葉は眩く その美しさは嵯峨野を訪ねる人々をしばし陶然とさせるものだった。 夜間照明された嵯峨御所大覚寺は、大沢池に倒立した堂宇と紅葉が映り込み、 反転した虚像は思わず「水の底にも都あり…」とため息をつかせる光景だった。 見事なあやかしの世界だ。 ...続きを見る

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2012/12/03 15:39
乗鞍高原にて
ひと雨ごとに秋が深まってゆくようです。 遅ればせながら乗鞍高原の10月25〜26日の映像をアップしておきます。 ...続きを見る

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2012/11/07 19:24
河童橋から明神池まで 梓川左岸を行く 上高地にて
徳本(とくごう)峠から眺める穂高の美しさは想像するしかない。 昭和に入って俗化した上高地を嘆く声もまた、すでにそれしか知らない我々にとって無縁のものだろう。 日本のアルピニストが晩年のウォルター・ウェストンを訪ね、ホテルが建った上高地の様子を伝えると、日本に近代登山を伝えたその人は目に涙を浮かべていたという。 町にいるかのような河童橋の賑わい、建ち並ぶ旅館やホテル、整備された橋と道… そのおかげで我々のような足弱でも穂高連峰の気高い美しさに接することができるのだ。 せめ... ...続きを見る

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2012/11/06 18:18
大正池から河童橋まで 上高地にて
氷点下の夜が過ぎた。 ホテルの部屋は二重窓になっているが、深夜ヒーターが切られたあとでは、さすがに寒さを覚えた。 夜が明けてみると突如、雪をまとった焼岳が眼前に姿を見せていた。 ...続きを見る

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2012/10/29 21:49
穂高連峰 上高地にて
残念ながら予報通り雨になった。 上高地へ直行するバスのフロントガラスはいつの間にか雨に濡れている。 ...続きを見る

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2012/10/27 18:11
江戸散歩 深川佐賀町にて
東京に住んでいながら、東京を知らない。 昨今しばしばそう思う。 深川丼を食している時にカウンターの中から店の主人に聞かれた。 ...続きを見る

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2012/10/20 18:29
野生は美味しい 岩手網張温泉にて
休暇村では、珍しいキノコや姫タケノコの料理が出た。 薄味に調理されていて、地産のものが美味しくないはずがない。 でもちょっと躊躇してしまうのである。 地元の新聞で、熊肉の出荷停止、ホウキダケのセシウム基準値越えなどの記事を読むと、供された食材の産地に問題がなくても、野生に近いもの、キノコ類は避けたくなる。 豊かな山海の幸を存分に享受し感謝する… 満ち足りた思いも、風評であろうがわずかでも不安が萌せば、たちまちに霧消してしまう。 人間の愚かさに怒りを覚え、それはやがてあ... ...続きを見る

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2012/10/03 18:57
70分のバスツアー「小岩井農場めぐり」
網張温泉に行く途中で立ち寄った小岩井農場。 まきば園だけでは農場の全容に触れたとはいえないので、復路盛岡行きのバスを下車して再訪した。 農場では随時いくつかのツアーや自然観察会が催されているが、この時期に毎日催行しているのは、「小岩井農場自然散策」とマイクロバスによる「小岩井農場めぐり」のふたつである。 超急ぎ足、ダイジェスト版の「小岩井農場めぐり」に参加した。 ガイドはかつて農場に勤務していた方で、「死ぬかと思った」と回想されるほどの重労働を経験しておられる。 小岩井... ...続きを見る

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2012/09/30 20:42
小岩井農場まきば園
盛岡駅東口から10:15発の「小岩井農場まきば園行き」のバスに乗った。 「春と修羅」に収録されている長詩「小岩井農場」で、宮沢賢治が小岩井駅を出発して小岩井農場までの約6kmの道を歩いたことを知っていたとしても、とても炎天下を歩く気にはなれなかったろう。 詩の中の賢治も、馬車に乗れなかったことを半ば恨めしく思いながら、その心象風景をスケッチしている。 ...続きを見る

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2012/09/24 18:48
網張の森を歩く
夜が明けるのを待って露天風呂に入った。 近くまでカラスが降りてくるので、不気味だった。 山に餌が不足しているからだという。 ...続きを見る

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2012/09/18 18:17
網張温泉 仙女の湯
暑さを逃れ、森林浴を兼ねて網張温泉に行ってきました。 網張という名は、山の神が信仰される聖地として入浴を禁じ、網を張ったことに由来するとか。 岩手県は岩手山の南麓、標高760mに一軒宿の国民休暇村があります。 さらに湯ノ沢に架かる吊り橋を渡って行くと、もっぱら日帰りで利用されている温泉館がビジターセンターに隣り合っています。 湯ノ沢は硫黄分を含んでいるためイワナやヤマメの棲めない酸性の川だそうです。 ...続きを見る

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2012/09/14 21:47
北庄城址と福井城址 越の国の歴史
天皇家における万世一系がフィクションであることをおおっぴらに議論できるようになったのは戦後のことだ。 福井の歴史を概観する時、継体天皇あたりから考えるのが分かりやすいように思う。 現在、福井市街を貫流する足羽川(あすわがわ)の西岸、足羽山には継体天皇像が建っている。 (足羽山には橘曙覧記念文学館も在るので時間が許せば行ってみたかったのだが) ...続きを見る

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2012/07/19 21:35
養浩館庭園(旧御泉水屋敷)
永平寺を訪ねた日、時間があったので福井駅より養浩館に行ってみることにしました。 養浩館庭園は江戸時代に福井藩主松平家の別邸があったところです。 ...続きを見る

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2012/07/13 21:51
北陸本線の車窓より 金沢拾遺
金沢に住む伯母といとこに会い、ついでに金沢観光も楽しんだ後、永平寺参拝のために福井へ寄り、ぐるっと周遊する3泊4日の旅でした。 新潟から富山、石川、福井へと辿る車窓から眺める風景だけでも、田畑や家や工場のたたずまいから、それぞれの土地柄や気風が伺えるような気がして興味深いものです。 上越市から平地の少ない海岸沿いを走り富山平野に出るとさすがに豊かさを感じます。 5月下旬、水の湛えられた田圃は、半ば田植えが終わっていて 空を映す水面にさみどりの苗が風にそよぐ風景は 一仕事... ...続きを見る

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2012/07/11 19:07
ひがし茶屋街
現在、金沢には3つの茶屋街が残っており、藩政時代の遊興の巷を彷彿させる。 花街といえば京都観光にはなくてはならないものだ。 遊びの世界は風景と歴史に興趣と奥行きを添える。 島原、祇園、宮川町、先斗町、上七軒… 金沢城下には主計(かずえ)町茶屋街、ひがし茶屋街、にし茶屋街として 前の二者は重要伝統的建造物群保存地区に指定され、古風な町並みが保存・整備されている。 ...続きを見る

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2012/07/07 21:44
長町へ
鈴木大拙記念館と21世紀美術館を見学した後で、そろそろ日は西へと傾き始めていたが、武家屋敷跡へ行ってみることにした。 辰巳用水の流れる百万石通を西へ、香林坊を経て長町へと急ぐ。 ...続きを見る

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2012/07/05 18:08
加賀百万石の美意識 兼六園
金沢の町は美しい。 金沢城を中心としたごく狭いエリアを歩いた限りの話ではあるが、ゴミひとつ落ちていない、緑が豊かである、清冽な水が流れている… その中に豊富な文化財が点在し、古色を帯びながら、当初の機能とは別の使い方をされて、現代に息づいている。 (現在も忘れられた文化財を発掘する努力が行われているようだ) ...続きを見る

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2012/07/02 22:02
銀河列車を待ってみたくなる 小海線清里駅にて
清里はすっかり変わってしまった。 何よりも道路がよくなった。 比較するのが、アンノン族が闊歩していた時代をさらに遡り、清泉寮と学校寮くらいしかなかった頃の話なのだから、若い人には分からないだろう。 ...続きを見る

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2012/06/29 20:54
清里高原ホテルにて
6月13日、清里駅からホテルの送迎バスに乗った。 「コナシとウワミズザクラが花盛りですよ」 と女性ドライバーが教えてくれる。 どちらも白い花だ。 露天風呂にはらはらと落ちてくるのはそのウワミズザクラの小花だった。 ...続きを見る

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2012/06/27 18:33
清泉寮
清里といえば清泉寮。 それにしても清泉寮ってこんなところだったかな〜、とびっくりするほどの観光客で賑わっていた。 大型観光バスが到着するたびにソフトクリーム売り場は長蛇の列。 ご多分にもれず筆者もソフトクリームを手にして アメリカ直輸入の雑貨などを販売し、ミルクスタンドや足湯を併設するジャージーハットのテラスから広々とした牧場を眺めた。 なだらかに東南へ傾斜してゆく牧場の彼方に秩父連山が遠望できる。 その背後で富士山が雲の中に隠れているのだ。 清泉寮をつくったポール... ...続きを見る

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2012/06/24 14:10
萌木の村にて
ホテルの車で「萌木の村」まで送ってもらう。 ビールの醸造所&地ビールレストラン「ロック」の前に停車。 マロニエの濃いピンクの花がきれいだ。 ...続きを見る

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2012/06/21 22:49
美し森 八ヶ岳東麓の高原にて
清里では一斉に花が咲く。 コナシ、ウワミズザクラ、オオカメノキ、ヤマフジ… 特にこの季節を選んで訪れる人は、レンゲツツジの花が目的だ。 ...続きを見る

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2012/06/19 17:59
清春芸術村にて
清里に行く途中、中央線を小淵沢の一駅手前の長坂駅で下車して「清春芸術村」に行く気になりました。 白樺派のファンでもなく、吉井画廊は知っていましたが画廊主の吉井長三の業績についても無知のまま、谷口吉生と安藤忠雄の建築に魅かれて立ち寄ったのです。 ...続きを見る

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2012/06/16 21:37
西田幾多郎記念哲学館
金沢に来た目的のひとつが西田幾多郎記念哲学館だった。 予めHPを閲覧していたのに、来てみれば想像をはるかに超える規模の建物だった。 金沢駅より七尾線で25分ほど、宇野気駅で降車。 タクシーでワンメーターだから歩くつもりなら20分ほどだ。 タクシーの運転手さんが、ここで商売をはじめてあまり経っていないけれど、とことわった上で、哲学館へ乗せるのはお客さんで3人目と言う。 ...続きを見る

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2012/06/12 18:47
金沢21世紀美術館
金沢21世紀美術館がオープンしたのは2004年10月。 すでに8年近くの歳月が流れて、今やすっかり市民生活にとけ込んだ、といったところだろうか。 今回ようやく内部を観ることができて、その開放感、軽やかさ、明るさ…に、従来の美術鑑賞というしかつめらしい体験がずっと気楽なものになっているのを感じた。 透明なガラスで囲われた円形の空間は、街との境を意識させない。 塀もなく、道路から直接芝生を踏んでエントランスに至る。 ...続きを見る

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2012/06/10 13:52
本多家中屋敷跡 松風閣庭園
鈴木大拙館をあとにして、背後にまわると、緑陰に池があった。 木漏れ日の下、苔が美しい。 苔の種類はどれくらいあるのだろうか。 ...続きを見る

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2012/06/07 22:40
鈴木大拙館
金沢駅東口より「城下まち金沢周遊バス」に乗り、本多町で下車する。 本多町というのは、加賀百万石の家老職を務めた「八家(はっけ)」のひとつ本多家のあったところ。 藩末の禄高は5万石だったというから、弱小大名などかるく凌駕している。 ...続きを見る

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2012/06/04 19:45
永平寺
雲水にカメラを向けさえしなければ、基本的にどこを撮ろうがOKだという。 (もちろんノーフラッシュではあるけれど) 京都は東本願寺でも、写真撮影については、外国からの観光客に鷹揚な態度をとっていたことを思い出した。 一方、アッシジの聖フランチェスコ寺院などはボランティアが目を光らせていて一切写真を撮ることができなかった。 確かに信仰が未だ脈々と息づいている霊場で、所かまわずカメラレンズを向けるのは憚られる。 永平寺はもともと山林修業の道場なのだから、本来は観光客がどかどか... ...続きを見る

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2012/05/30 17:18
女人高野 室生寺
長谷寺駅より榛原乗り換えで、室生口大野駅へ。 GWのシーズンには室生寺と長谷寺をバスが往復していたが、一般には室生口大野駅よりバスに乗る。 バス道に並行して東海自然歩道も整備されており、1時間半ほどの行程だとか。 室生寺まで歩くのもよさそうだ。 ...続きを見る

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2012/05/26 16:41
金環日食の日に
5月21日 「Maxとき」に乗車して間もなく金環日食がはじまった。 曇天の可能性が強く、ゆっくり観測する暇のない時間帯なので半ばあきらめていたが 大宮を出る時、空は明るかった。 列車の進行方向より後方の上空に目をやると、薄雲の中にリングが見えた。 裸眼だったのでそれ以上は観ないで、前のシートに座っているご夫婦が観測用グラスを使って熱心に経時変化を追いながらしばしば感嘆する姿から間接的に、刻々と移ろう太陽と月、そして地球の位置関係に思いを馳せた。 他の乗客はわれ関せずといった風で、新聞... ...続きを見る

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2012/05/25 19:36
こもりくの初瀬へ
2泊の旅程では、二日目の中日にたっぷり時間がとれるので、長谷・室生に「遠出」することにした。 長谷寺のボタン、室生寺のシャクナゲがまだ見られるかもしれないと期待していたのだが 5月11日、晩生のボタンがわずかに咲き残っているだけで、残念ながら花の盛期は過ぎていた。 夏を迎えようという山は滴るような緑に覆われて、堂宇の姿が新緑によく映えている。 ...続きを見る

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2012/05/20 18:15
興福寺から東大寺へ
2012年5月10日 東京駅7:29発 近鉄奈良11:13着 東向通の陶器屋さんが店じまいの半額セールをしていた。 奈良の赤膚焼は店先に少しあるくらいで、有田焼が大半を占めているようだ。 漫然と歩いているだけでも、百均ができたり、東向通の店が入れ替わっていることを感じる。 ...続きを見る

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2012/05/17 19:59
奈良ホテルにて
コスト・パフォーマンスを上げたいという気持ちもあったが、久々の女三人旅。 奈良ホテルに二連泊することにした。 ...続きを見る

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2012/05/16 18:28
女三人珍道中 新薬師寺から戒壇院へ
学生時代からの友人二人と奈良を旅しました。 10年近くも諸般の事情で実現できないでいた旅でした。 3人のスケジュールを調整して3日間の非日常をつくりだすのは容易なようで、なかなか大変なことです。 ...続きを見る

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2012/05/13 21:24
土地の記憶 国立民族学博物館にて
京都から奈良、大阪へとめぐる旅は、大阪・吹田の国立民族学博物館(民博)が最終訪問地となりました。 民俗学への興味だけでなく、二つの点で長年訪ねてみたいと思っていた土地であり博物館でした。 ひとつはかつての万博会場がどのように変わっているのか、その変貌に歳月の流れがどのように刻まれているのか、或いはいないのか ふたつめは、我が住む町(西東京市)が、そもそも民族学博物館発祥の地であったこともあり、そのコレクションと博物館の理念が現在の民博にどのように受け継がれているのか ...続きを見る

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2012/04/20 18:46
適塾
淀屋橋より東一つ隣りの栴檀木橋を渡り、二つ目の角を右折すると適塾だ。 今日ではビルに囲まれて、北浜のオフィス街にひっそりと江戸期の面影をとどめる町家建築である。 ...続きを見る

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2012/04/09 19:21
中之島界隈
日銀大阪支店 ...続きを見る

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2012/04/04 19:13
お水取り前夜 東大寺にて
興福寺から東大寺へ。 これもお決まりのコースだ。 興福寺境内を抜けて県道を渡ると奈良国立博物館である。 東大寺の西大門はかつてこの京街道―北は奈良坂を越えて南山城に至る―に面して建っていた。 登大路の交差点で地下歩道を渡る。 国際奈良学セミナーハウスの角を曲がり、知事公舎前の横を通り、吉城園、依水園の前に出る。 大仏殿の鴟尾を望み、若草山を借景とし、飛火野を巡る豊かな水脈・吉城川の水を引いた庭園だ。 その名も水門町。 風雪にさらされた入江泰吉の表札が変わらぬことを... ...続きを見る

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2012/04/01 22:52
京都から興福寺へ
京都は、歴史への門である。京都駅の建築全体は、この短文の形象化でありたい。 平安京の都市形態が、今日にも鮮やかにその姿を刻み込んでいるように、歴史はひとつに地理学的である。 ...続きを見る

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2012/03/29 21:30
橋姫伝説と宇治十帖
「手習の古蹟」を訪ねた後、三室戸寺方面へ行かず、宇治橋東詰の通圓茶屋まで戻った。 間近に宇治橋を眺めながら、錦玉羹と抹茶を頂く。 甘い宇治茶の香とともに、寒い季節に友人と来た時もこの茶屋で小休止したことを思い出した。 (その時レポートも当ブログに掲載しています) ...続きを見る

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2012/03/10 20:22
宇治十帖の世界を歩く
宇治といえばまず平等院、末世に出現した浄土の世界である。 JR宇治駅に降り立ち、駅前通りを宇治橋の袂で平等院の参道へ折れるのがごく一般的なコースだろう。 学生時代にはじめて平等院を訪れた時は、ずいぶん寂れた印象を持ったものだ。 今思えばそれは廃墟の美に通じる趣であった。 特に展示棟「鳳翔館」が出来てからはすっかりきれいに整備されてしまった。 ...続きを見る

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2012/03/07 21:04
哲学の道
岩倉行きのバスを「南禅寺・永観堂道」で降りた時 白い雪片がひらりと舞うのが見えた。 急かされるように、南禅寺も永観堂もパスして、昼食の後「哲学の道」を歩きはじめた。 ...続きを見る

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2012/03/05 22:18
九州鉄道記念館
門司港最後の日に九州鉄道記念館に寄りました。 横断歩道を渡っている時に帽子を飛ばしてしまうほど風の強い日でした。 どこからか少年が猛然とダッシュしてきて、信号が変わる寸前で、ころがってゆく帽子を拾ってくれました。 これが門司港名物?の強風です。 曇天から今にも雨粒が落ちてきそうな日でした。 上掲の写真と二番目の写真は、晴れた日に国道を走る車から撮ったものです。 ...続きを見る

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2012/01/29 18:06
旧門司税関
門司税関は、明治22年に長崎税関門司出張所として出発している。 現役の税関は、西海岸の国道沿いにあるが 旧門司税関の方は門司港レトロ地区として整備された時に、現在の姿に修復され、多目的ホール、展示室などに利用されている。 初代が焼失した後、明治45(1912)年に建設され、税関としては昭和2(1927)年まで使われている。 その後民間に払い下げられ、事務所や倉庫として利用されていたこともあった。 修復工事は4年にわたり、平成7(1995)年に現在の姿でオープンした。 ... ...続きを見る

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2012/01/21 14:56
旧門司三井倶楽部
門司の人は気さくである。 いかにも観光用の親切かとも思えるのだが、こちらの要望を手早く、プロらしく処理してくれる手際に、サービス精神と人懐っこさを感じる。 ...続きを見る

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2012/01/19 18:45
壇ノ浦拾遺
赤間神宮にて 三種の神器の宝剣と玉を掴み、安徳帝を乗せた龍神がまさに竜宮城へ降ろうとしている。 水天門のわきに掲げられた大絵馬の図である。 日を受けてきらめく関門海峡を一望する高台に、陰鬱な平曲のメロディーは似合わない。 ...続きを見る

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2012/01/13 21:41
壇ノ浦古戦場址と赤間神宮
午前中ホテル主催のワンコインバスツアーで、白野江植物公園、田野浦の町並みを散策した後、下関に渡った。 何とツアーの参加者は我々だけだったので、こちらの都合に合わせて、関門トンネル人道入口で降車できるようにルートを変更してくれたのだ。感謝! ...続きを見る

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2012/01/09 21:32
壇ノ浦を望む 和布刈神社にて
門司の和布刈(めかり)神社境内より壇ノ浦を望む。 対岸、下関側に掲げられた電光掲示板にEの文字。 東潮流であることを示している。 日に4度潮の流れの変わる関門海峡は、ここ早鞆の瀬戸で最も狭隘となり、最高時速は10ノットにもなるという。 白波が立ち騒ぐ奔流を見れば、航行の難しさが想像される。 凄まじい潮流に臨み、二位の尼は気丈にも「波の底にも都の候ぞ」と言って安徳帝とともに入水したのだ。 ...続きを見る

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2012/01/06 21:47
門司港駅
門司港駅は、昭和17年に関門鉄道トンネルが開通するまでは「門司駅」だった。 下関とを結ぶ関門連絡船の中継駅であり、名実ともに九州の玄関口だった。 門司駅の座を大里(だいり)駅に奪われてからはすっかり衰微したように言われるが、確かに終戦後は大陸との交通も途絶え、寂しい港町の忘れられた駅のようだったかもしれない。 ...続きを見る

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2012/01/04 21:36
北九州市立国際友好記念図書館
図書館の建物というだけで、どこか懐かしい。 北九州市立国際友好記念図書館は、1902年に帝政ロシアが大連に建てた東清鉄道のオフィスを複製建築したものだ。 レトロハイマートの展望室から眺め下ろすと、その複雑な屋根の構造がよくわかる。 尖塔、煙突、ドーマー(屋根の小窓)、二重窓…などが、まるでおとぎの国に来たかのようだ。 当時大連ではバロックやアールヌーボーなどのフランス古典主義建築が主流だったというからドイツ風ハーフティンバー様式はひときわ異彩を放っていたことだろう。 ... ...続きを見る

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2011/12/30 16:55
ぶらり散策門司紀行
誰でも気ままな個人旅行の自由に憧れる。 といっても実際には、未知の土地を自在に歩くことはなかなか難しい。 先達なしで石清水八幡宮に詣でたつもりになった仁和寺の法師のようなことになりかねない。 そこでホテルが主催するワンコインバスツアーに参加することにした。 時間は2時間。 門司港ホテルに集合、小型バスに乗り、日替わりで設定されたテーマに従いガイドが案内する。 門司港は観光に力を入れているので、休日には街歩きガイドツアーが各所で行われているようだ。 ...続きを見る

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2011/12/28 19:43
門司港ホテル
門司港ハイマートの最上階に上って、街の夜景を眺め下ろした時、あっと思った。 眼下に「門司港の鮫」と名づけられたホテルが見え、その背後に光の帯となった道路が続いていた。 まるで航跡のように。 因みにここから眺める門司港ホテルを鮫よりも船と見立てる人の方がずっと多い。 アルド・ロッシが「建物の大きな姿は、赤でなければならない」と言っているように、赤い壁面が照明を受けててボーッと浮かび上がっている。 まさに「鮫」だ。 同時に船でもあり、町に対して或は海に向かって開かれた門で... ...続きを見る

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2011/12/26 18:07
「鮫」という名のホテルにて
窓からは海峡と橋と港が見える。 朝な夕なに、東から西へ、西から東へと行き交う船を眺めていて、見あきることがない。 (日本三大急潮流の一つに挙げられる関門海峡を航行する船の数は、一日に700隻から800隻という) ...続きを見る

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2011/12/23 23:47
日本一のわさび田 大王わさび農場
安曇野は広い。 北アルプスから流れ出るいくつもの川が扇状地をつくり、それらが重なって、内陸盆地としては日本一大きな松本盆地を形成している。 標高は松本駅周辺で580m 山々の雪解け水は伏流水となって盆地を貫流し、扇状地の末端で湧き出ている。 湧水の温度は季節による変動が少ないというから、わさび栽培に適しているのだろう。 ...続きを見る

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2011/11/21 18:49
常念岳山麓より
穂高駅を発った車は、やがて常念岳に向かってぐんぐん上って行きました。 宿が近づく頃、誰かが「あら、猿がいるわ」 その姿はすぐに森の中に隠れてしまいました。 今年の紅葉はあまりきれいでないという地元の人の話でしたが、上に行くにつれてオレンジの色が勝ってゆきます。 宿に到着するとダウンコートを着込んだスタッフが出迎えてくれました。 標高1000m 南面する部屋の窓からは、右側に常念岳と前常念の山頂が見えます。 宿の位置は、常念岳の沢登コースの登山口に近い。 夜は、烏川... ...続きを見る

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2011/11/19 18:43
穂高神社から千国街道を経て碌山美術館へ
安曇野ちひろ美術館を訪ねた後、松本に宿をとりました。 大糸線は信濃松川駅から松本駅までもどることになりましたが、ホテルのインテリアが気に入りました。 上掲の写真は、ロビー・ラウンジで、赤い大きな壁面が全体によく調和しています。 メキシコ人のルイス・バラガンという建築家のデザインだそうです。 おまけに客室をスタンダードからエグゼクティブ・フロアにランクアップしてもらって気をよくしました。 絵一枚飾られていない部屋には、がっちりとしたシンプルな姿見が一見壁に立てかけてあるか... ...続きを見る

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2011/11/17 16:53
碌山美術館秋景
碌山美術館を訪れたのはもう30年以上前のことになるだろうか。 尖塔に不死鳥を頂く教会風の建物は、安曇野のシンボルとしてあまりにも有名なので、はじめて訪れた人でも、既視感を覚えるかもしれない。 ...続きを見る

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2011/11/15 19:35
新そばの季節 安曇野にて
穂高駅前の観光案内所に立ち寄った時のこと。 初老の男性と案内所の女性の間で「トージソバ」という言葉が行き交っている。 「トージソバ」って一体何だろう、と気になって、観光パンフレットを物色しながら、聞くとはなしに聞いているうちに やがて「トージソバ」に執着していた男性たちもついに諦めたらしく 案内所から立ち去っていった。 ...続きを見る

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2011/11/11 16:51
安曇野挽歌 田淵行男写真文集
安曇野へ行こう、と思った時に、この写真集を手にとった。 すでに購入できない本なので、図書館より貸し出した。 出版されてからすでに30年近くの歳月が流れ、掲載された写真の中には、さらに20年余の時間を遡るフィルムより現像されたものがあった。 今から50年前の安曇野の風景が蘇る。 ...続きを見る

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2011/11/07 16:15
グリーンピアその後
「山かせぎは楽しい」 と、昔の秋山の人は言った。 山は情報の宝庫であり、生活を工夫する素材に満ち、狩猟本能を満足させ、採集経済を成り立たせた。 ...続きを見る

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2011/10/26 20:30
ブナ林を歩く 津南郷にて
「ぬかるんでいる所がありますから足もとに気をつけてくださいね」 と言われて、ブナの森へと入って行った。 シラカバの林間を抜ける坂道には落葉が積り、昨夜の雨でしっとりと濡れている。 ホテルのすぐ前だったので気軽に出かけてしまったのだが、上りきったところで、静かな山道を前にして、独行でしかもクマ避けの鈴もないことが、俄かに心配になった。 ...続きを見る

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2011/10/25 17:51
「秋山紀行」にみる旅の作法 そして秋田マタギのこと
「ようちんなった」 旅人が一夜の宿を求めた時に、秋山人が開口一番に発する挨拶の言葉だ。 秋山郷では、「き」と「ち」を混同する。 「よく、いらっしゃいました」という意味だ。 鈴木牧之は、一宿の恩義に対して、数枚の短冊を残して別れを告げている。 主人は裸足で家の外まで見送りに出る。 ...続きを見る

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2011/10/24 19:08
逆巻温泉より大赤沢へ 秋山郷にて
見玉不動尊をあとにして見倉集落に向かう。 車窓より河岸段丘と柱状節理がよく観察された。 途中、段丘にへばりつくように建っている「川津屋」が遠望される。 吉川英治が滞在して「新平家物語」を執筆した逆巻温泉の一軒宿である。 中津川渓谷の入口に当たる。 ...続きを見る

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2011/10/23 15:30
見玉不動尊 秋山郷にて
「秋山紀行」を著した鈴木牧之は、桶屋團蔵という案内を得て、塩沢より十二峠を越えて清津川沿いの村に至り、さらに山越えして中津川東岸の見玉(みだま)不動を訪ねている。 牧之が記している清津川の万年橋は、昨年清津峡を訪れた際に渡ったのでまだ記憶に新しい。 (汗を拭き拭き清津峡まで歩いたのだった) 私たちの宿となったのは、牧之の「ノジとなん云村」の東方に当たるリゾートホテルだった。 (ノジ村は秋山郷の入口に位置し、当時、疱瘡を嫌い、家の門ごとに七五三(しめ)縄を張ったのが見受けら... ...続きを見る

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2011/10/22 16:16
秋山紀行 紅葉情報
昨年11月1日に秋山郷を訪れた人が、その錦秋の美しさを忘れることができず、今秋再びの願いを込めて遠路遥々足を運んだと話していた。 残念ながら紅葉の盛りはこれから10日ほど後のことになろう。 日々に、アントシアンの色を深めてゆくこの時期、山はひと雨ごとに赤く染まってゆく。 ...続きを見る

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2011/10/21 12:39
正宗白鳥を読む 「世界漫遊随筆抄」
小林秀雄が高く評価していた正宗白鳥の「作家論」を読み始めた。 金木犀が香りはじめ、空気は爽やかに澄んでいる。 読書には最適な季節でもあり、日頃読まないものを読んで粗雑な知識の空隙を埋めようと思う…(^_^;) ...続きを見る

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2011/10/01 12:07
京都拾遺
原発事故の影響が、どの程度首都圏の生活を脅かすことになるのか。 経済問題を含めれば、これはもう国全体に甚大な被害をもたらしているわけだが、被災地で今もなお避難所生活をしている人を含め生存権すらままならず「難民」であることを余儀なくされている人々からすれば、首都圏でまだ「普通」の生活を送っている私たちは、まるでユダヤ人のゲットーの外側で日常を送る非・ユダヤ系の人間のようなものだろう。 当事者でない限り、決定的に見えないものがある。 そのことだけを肝に銘じる日々である。 それ... ...続きを見る

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2011/07/31 12:58
夏の仁和寺境内
前ページに掲載した「御殿」部分は、いかにも王朝の雅な雰囲気に満ちているが、実は明治20年に火災に遭っており、茶室「飛濤亭」及び「遼廓亭」以外は、その後の復元である。 技術や美意識がさらなる発展を遂げて伝承されている証拠を目の当たりにするようだ。 宸殿の設計者は、東京美術学校を卒業した亀岡末吉で、古社寺の調査・修復を多く手がけている。 細部にわたる繊細なデザイン感覚に思わず溜息が漏れた。 ...続きを見る

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2011/07/21 22:15
旧御室御所 仁和寺にて
風があるので何とか暑さを凌げるだろうと、仁和寺行きを決めた。 京都駅前よりJRバスに乗って、高雄方面へ約30分。 立命館大学前の堂本印象美術館を右手に見て、ちょうど菖蒲の花が見頃だという龍安寺前を過ぎると間もなく、仁和寺の二王門前の停留所に着く。 ...続きを見る

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2011/07/19 20:01
岡崎界隈
山鉾巡行というハイライトを迎えた今日 祇園祭さなかの京都はきっと半端な暑さではないでしょう。 ...続きを見る

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2011/07/17 22:25
松伯美術館 アカマツの林間に
「あなたも描くのでしょう?」 赤松の梢高々と咲くノウゼンカヅラを眺めていると背後から声がした。 青と朱色の対比がいいでしょう… と、白髪の女性が、画題として目前の風景を吟味しているふうである。 展示替えのある度に大和文華館を訪れるそうだ。 ...続きを見る

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2011/07/14 19:39
鉄斎展 大和文華館にて
近鉄京都線を大和西大寺で乗り換え、学園前で下車した。 30年以上前に一度来たことがあるのだけれど、まるで見覚えのない駅だった。 日盛りに客待ちをしているタクシーに乗って大和文華館へ向かった。 (あっという間に着いてしまうので、炎天下でも歩いて行ける距離だ) ...続きを見る

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2011/07/12 21:15
フェルメールからのラブレター展 京都市美術館にて
「フェルメールからのラブレター展」を京都市美術館にて観た。 京都のあとは、宮城県美術館からBunkamuraザ・ミュージアムへと巡回する。 東京で観られるものをわざわざ京都で観るのはちょっと贅沢なように思われるかもしれない。 東京では特別展の混雑がひどく、落ち着いて鑑賞する環境にないことが往々にしてあるので、これは決して酔狂な選択ではないのだ。 ...続きを見る

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2011/07/10 08:05
青木繁展 京都国立近代美術館にて
京都国立近代美術館で「青木繁展」を観る。 7月10日の会期終了後は、東京のブリジストン美術館(7/17〜9/4)に巡回するので、わざわざ京都で観なくてもよさそうなものだが、あまりの暑さに外歩きをあきらめて美術館に避難!することにしたのだ。 結果的に日曜日であるにもかかわらず、東京の美術館よりゆったりと鑑賞することができて、贅沢な時間を過ごすことになった。 ...続きを見る

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2011/07/05 21:53
新島襄旧邸にて
新島襄と言えば、同志社を創設した教育家として知られている。 会津藩出身だとばかり思い込んでいたところ、今回、安中藩の出身であったことを知った。 同志社・今出川校の敷地を提供した山本覚馬が会津藩出身だったことで混同していたらしい。 その覚馬の妹が、後に新島襄夫人となる八重である。 再来年のNHK大河ドラマの主人公だ。 ハンサムウーマンと評される女丈夫は、毀誉褒貶のある人物で、悪妻などと批判されるのは、夫新島襄のレディファースト、欧米流のマナーを誤解したせいもあるらしい。 ... ...続きを見る

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2011/07/02 12:42
忍野村再訪
一週間後に、忍野村を再訪することになった。 今度は友人たち8人と、中型バスを仕立ててのバスハイクである。 気になるのは空模様と中央高速の集中工事。 運転手さんの考えで、工事による渋滞を避けるため青梅まで一般道を走ることになった。 新青梅街道から通称岩蔵街道を経て、青梅インターより中央高速道路へ。 ...続きを見る

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2011/05/28 11:49
忍野八海 太古の巨大湖のあと
こういうところは独りでひっそりと訪れるのがよいのかもしれない。 ざわざわと樹木の立ち騒ぐ野分の日、カーンと抜けるような青空が広がる日など… といってもそれはなかなか望むべくもなく、湧池の周辺は、観光客があふれている。 富士山の姿を望めなくとも、団体旅行ではおいそれと旅程を変更できない。 (上掲の写真の、茅葺屋根の背後に富士山の裾野の稜線が少し見える) ...続きを見る

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2011/05/27 19:18
富士山と芝桜 富士本栖湖リゾートにて
5月19日、今が最盛期だというので、本栖湖近くの富士芝桜まつり会場へ行ってみることにした。 河口湖駅前からシャトルバスに乗って、富士山の北の裾野を西進する。 日の出とともに起床した上に、炎天下、北口本宮浅間神社から御師の町を歩き回ったあとだったので、30分ほどのバス行でもついうとうととしてしまった。 バスは満席。 会場の本栖湖リゾートの駐車場は、ハイデッカーバスがひっきりなしに出入りしていた。 ...続きを見る

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2011/05/25 17:10
三島由紀夫文学館 山中湖文学の森にて
富士吉田と山名湖を循環するバスを、文学の森公園で降りたのは、午後も大分まわった頃だった。 降車する時に、路線バスも乗れる旨、運転手から告げられた。 ...続きを見る

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2011/05/24 21:24
富士山と山中湖
白々明けの西空、富士山のなだらかな稜線の上空に、満月に近い月がかかっていた。 ぐっすり眠った翌朝はいつになく早く目が覚めた。 それにしても、よくでき過ぎの絵柄だ。 南に目を転じると、山中湖の湖面には霧が立ち込めている。 5月19日4時半頃。 日の出のわずか前、月は山の端に沈もうとしているところだ。 ...続きを見る

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2011/05/23 19:59
北口本宮富士浅間神社
富士の名は、アイヌ語の「フチ=火」に由来するという説がある。 浅間神社の「アサマ」の語源は不明だが、一説に「火山」を意味するアイヌ語ともいわれる。 浅間神社の祭神コノハナサクヤヒメは、天孫である夫のニニギの子を身ごもった時、国津神の子ではないかという夫の疑いを晴らすために、産屋に火を放ち、三柱の子を産んだ。 もともとは火山である富士山そのものが神体であり、荒らぶる神の魂を鎮めたのがはじまりだろう。 夫のニニギ、父神オオヤマツミとともに祀られているコノハナサクヤヒメは火山鎮... ...続きを見る

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2011/05/22 21:58
御師の町を歩く 富士吉田にて
昨日、富士五湖が国の名勝に指定されたそうである。 国名勝に指定されようが、世界遺産登録を目指そうが、冨士山が日本人の心に深く根づいている事実に変わりはない。 町の銭湯が消えても、銭湯のタイル絵が富士山だったことを記憶している人は少なくないはずだ。 ...続きを見る

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2011/05/21 15:12
ベーリック・ホール 横浜山手にて
ベーリック・ホール(旧ベリック邸)は横浜山手に点在する戦前の外国人住宅の中で、最も規模の大きなものです。 昭和31年に遺族より宗教法人カトリック・マリア会に寄付され、平成12年までセント・ジョセフ・インターナショナル・スクールの寄宿舎として使用されてきました。 移築されたエリスマン邸と小道を挟んで隣り合っていますが、ベリック邸は元からこの地にあり、元町公園の拡張区域として横浜市が買収した時に、建物もカトリック・マリア会より寄付されたということです。 ...続きを見る

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2011/04/26 19:33
エリスマン邸 横浜山手にて
アントニン・レーモンドの建築五原則とは、以下のようなものです。 ...続きを見る

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2011/04/23 15:32
ホテルが刻む歴史 ホテル・ニューグランド
ホテル・ニューグランドについては昨年の12月に当ブログにアップしているので、重複するところもありますが、悪しからず。 ...続きを見る

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2011/04/19 18:55
ミニ中国 横浜中華街
いつの間にか雨が降り始めていました。 中華大通りはあかあかと光を反射して、まるで油を流したようです。 タクシーを拾おうとしていると 「お腹いっぱいですか」 と、笑いながら甘栗売りが近づいてきました。 しつこく客を引く甘栗売りは、日本語もまだ満足に話せない新華僑のようです。 この甘栗売りが実はばかにできない儲けになるそうで、歩道のスタンドの権利金が一説に月50万円とか。 ...続きを見る

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2011/04/03 13:57
フェニックスのように 関東大震災の瓦礫から生まれた公園
上掲は古い彩色絵葉書です。 左手の建物はグランド・ホテルで、現在、人形の家博物館が建っているところです。 まだ山下公園はなくて、海岸通り(Bund)が直接横浜港に面しています。 右手に延びているのはフランス波止場、手前の護岸は堀川(現・中村川)です。 グランド・ホテルは日本を代表するホテルとして活躍しましたが、関東大震災で倒壊してしました。 震災で横浜が受けた被害は壊滅的で、山下公園はその瓦礫を埋め立て覆土して造成されたものなのです。 ...続きを見る

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2011/03/15 14:09
旧イギリス総領事官邸 港の見える丘公園イギリス山地区にて
年度末の予算消化か、或いは観光シーズンに先駆けての修復工事でしょうか、 生憎、大仏次郎記念館は休館中、残念ながら「霧笛」の原稿を観ることはできませんでした。 ...続きを見る

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2011/03/10 18:02
廃墟の美またはトマソン? フランス山の記憶
ホテルニューグランドの角を曲がり、歩道橋に上り、居留地の南の境界をなす中村川を渡ると、そこはもうフランス山地区です。 生麦事件の後、自国民の安全を守るという名目でフランス軍が駐屯したキャンプの跡です。 港の見える丘公園の北側にフランス軍が、南側にイギリス軍が駐屯しました。 ...続きを見る

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2011/03/08 21:17
横浜外人墓地 横浜の記憶をたどる
のっけから墓地とは少々気が引けますが… 横浜の記憶をたどるならば、外国人墓地からスタートするのもいいかもしれません。 港の見える丘公園をあとにして、谷戸坂を少し下って左折します。 ゲーテ座跡を過ぎると、正面が横浜外国人墓地です。 ...続きを見る

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2011/03/06 19:28
GOHANの靴
靴が好きである。 人間が身に着けるものの中で、それだけで「鑑賞」に耐え得るのは唯一靴ぐらいのものではないだろうか。 美しい服はたくさんあるけれど、せめて人体に着せてみなくては、そのフォルムも雰囲気も分からない。 知らない町で、歩き疲れた挙句、ぽっと明りの点いた店が靴屋だったりすると、うれしくはないだろうか。 (実際、旅先で靴を衝動買いしたことがある) どうしてだろう… シンデレラや赤い靴をはじめ靴にまつわるお話が多く、物語の風景を喚起するせいだろうか。 靴そのものが... ...続きを見る

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2011/01/28 15:59
関帝廟 横浜中華街にて
清国人は1859年の開港と同時に横浜に現れたという。 米英仏の商館のほとんどが清国人を伴って来たからだ。 香港、上海の欧米商館に勤めていた彼らは、外国の言葉と商習慣に通じている上、日本人とは漢字による筆談が可能だった。 当時、日本人と西洋人が交渉する場ではオランダ語が用いられた。 日本語から英語に通訳するためにオランダ語を経由せざるを得なかった。 生糸やお茶の取引をする現場に西洋人の姿はなく、もっぱら日本人と清国人によって商談が行われたという。 ...続きを見る

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2011/01/08 10:48
旧横浜正金銀行本店 神奈川県立歴史博物館にて
神奈川県庁をあとにして、関内のメインストリートである本町通を西進する。 ...続きを見る

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2011/01/06 17:28
海上から眺める「みなとみらい21」
みなとみらいは、海上から眺めるのが最もよいという。 摩天楼は、足下を歩いていてもその全貌はつかめないし、高層からの鳥瞰図も一度見ればそれで納得してしまう。 季節による変化もあり、海からアクセスすることで、かつての船旅の興奮をちょっぴり疑似体験することができるかもしれない。 ...続きを見る

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2011/01/02 12:21
神奈川運上所跡 県庁本庁舎にて
横浜三塔の一つ「キングの塔」を戴く神奈川県庁本庁舎を訪ねた。 ...続きを見る

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2010/12/30 16:24
赤レンガの時計塔 横浜市開港記念会館
シンプルなバラ窓が美しい。 「坂の上の雲」でこの飾窓を背景に、阿部寛が階段を下りてくるシーンがすでに収録済みだという。 軍服姿?長身の阿部寛が、逆光でシルエットとなって、それは絵になることだろう。 ...続きを見る

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2010/12/28 20:42
旧イギリス領事館(横浜開港資料館)にて
銘板は、薩英戦争で犠牲になったイギリス人将兵を記念してつくられたものである。 ...続きを見る

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2010/12/24 16:11
「ドガ展」を観る  横浜美術館にて
国内では21年ぶりだというドガの回顧展を観に横浜美術館へ行く。 会期終了は大晦日。 初期の作品から晩年の作品まで、約120点(うち修復中のオルセー美術館から46点)を一度に観られる機会はめったにない。 ...続きを見る

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2010/12/16 18:22
光の海に浮かぶ 大観覧車より
目的のメインだった「ドガ展」を観終えて、横浜美術館をあとにする。 振り返れば、ビルの間の中空に三日月がかかっていた。 ...続きを見る

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2010/12/15 19:19
シーバスに乗って夜の赤レンガ倉庫へ
夕食後、氷川丸の電飾に誘われて散歩に出た。 背後の中華街の賑わいをよそに、山下公園はとても静かだ。 マリンタワーが光の塔となって聳えている。 1961年の建設当初より灯台としての重要性はあまり高くなかったというが、かつての横浜のランドマークである。 ...続きを見る

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2010/12/14 18:17
フェニックスルーム ホテルニューグランドにて
ホテルニューグランドの宴会場の一つは「フェニックスルーム」と名づけられている。 メインダイニングルームとして使用されていた広間で、オリエンタルな意匠で統一されている。 もうひとつの宴会場「レインボーボールルーム」の方は、対照的に洋風を基調としている。 ...続きを見る

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2010/12/13 18:58
マッカーサーズルーム見学 ホテルニューグランドにて
ホテルニューグランドに宿泊した翌朝、マッカーサーズスイートを見学した。 ...続きを見る

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2010/12/12 12:04
追体験する「須賀敦子が歩いた道」
「考える人」秋号に、松山巖が須賀敦子のことを書いていた。 須賀敦子が大学院生だったころに、父親から「『澀江抽斎』ぐらいは読んどけ」と言われたエピソードが紹介されていた。 それで、いよいよ澀江抽斎を読まねば、と思ったわけではなく、「ミラノ 霧の風景」や「コルシア書店の仲間たち」で登場した須賀敦子を、もう一度じっくり読んでみたい、という気になったのだ。 全集が文庫本になっているので、今年の冬の楽しみ…、とはなはだそぞろな気持ちで買い求めた。 ...続きを見る

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2010/11/26 16:12
塩田北条氏の盛衰 龍光院と前山寺
紅葉の季節に紫陽花の返り花・・・ 左手に塩田平を眺めながら、山道の落葉を踏みしめて行くと、龍光院の門前に出た。 塩田北条氏二代目国時によって父義政の菩提を弔うために建立された寺である。 庫裏にて山菜御膳を頂いた。 地味の肥えた当地では朝鮮人参をつくっているらしく、その天麩羅が出た。 ほろ苦い。 ...続きを見る

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2010/11/22 17:20
信州最古の木造建築 中禅寺薬師堂 別所温泉にて
仲居さんに見送られて宿をあとにする。 快晴で無風。 会う人ごとに「最高のお天気ですね」と声をかけられる。 ...続きを見る

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2010/11/21 18:14
宮大工がつくった宿 別所温泉花屋
別所温泉での宿は、花屋という文化庁の登録有形文化財に指定された旅館だった。 吹きさらしの渡り廊下が離れをつなぐ形式になっている。 庭の池水に紅葉が影を落とし、じぐざぐの廊下がまるで平安時代の宮中を思わせる。 清少納言のような女官が火桶を抱いて、寒そうに廊下を渡って行くのが相応しい… ...続きを見る

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2010/11/20 18:35
夜の北国街道・柳町 上田城・黄葉のケヤキ並木ライトアップ
夜8時、紅葉の季節に限り、宿から遊覧バスが出た。 11月半ばとはいえ、別所温泉の夜はしんしんと冷え込み、参加者19名に使い捨てカイロが用意されていた。 ガイドに案内されて、柳町を散策し、ライトアップされた上田城のケヤキの並木道を歩く。 ...続きを見る

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2010/11/19 19:34
厄除けの観音さま 北向観音堂 別所温泉にて
信州最古の禅寺、安楽寺をあとにして、北向観音の参道にさしかかると、俄かに温泉町らしい庶民信仰の賑わいにつつまれる。 湯川の畔には飲泉所があり「慈覚大師之湯」と刻まれた石碑が建っていた。 北向観音は慈覚大師円仁の開創と伝えられている。 ...続きを見る

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2010/11/18 20:26
安楽寺 本邦唯一、木造八角三重塔 別所温泉にて
安楽寺を訪れる目的のほとんどが、国宝八角三重塔であろう。 全国で唯一の木造による八角の三重塔であり、長野県で最初に国宝に指定された建物だ。 ...続きを見る

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2010/11/16 18:06
別所とは? 別所神社神楽殿より塩田平を眺める
常楽寺をあとにして、別所神社のある高台に上ってみた。 この神楽殿からの眺望が素晴らしい。 塩田平を一望し、遠景左手には浅間山が裾野をひいている。 眼下の別所温泉は塩田平の西端になり、標高は650m。 ...続きを見る

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2010/11/15 20:03
美しい茅葺屋根 常楽寺 別所温泉にて
藤岡・富岡間で事故があり、別所温泉に着いたのは正午近くになった。 「西行の戻り橋」という頓知のきいた逸話を持つ橋を渡るとすぐに、その日の宿となる旅館があった。 リュックを預け身軽になると、まず常楽寺から訪ねることにした。 常楽寺、安楽寺、そして北向観音の地にあったと伝わる長楽寺と合わせて「別所三楽寺」と呼ばれたそうだ。 ...続きを見る

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2010/11/13 21:39
信濃デッサン館にて
ふかふかと落ち葉の堆積した山道を、中禅寺から前山寺まで歩いた。 塩田平を一望する高台には、ひっそりと紫陽花の返り花が咲いていた。 ...続きを見る

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2010/11/12 17:30
みさきへ・・・ 三浦半島縦断
報国寺をあとにして、坂東の一番札所杉本寺の門前を過ぎると間もなく鶴岡八幡宮の三の鳥居が右手に迫ってくる。 金沢街道は狭くてほとんど歩道の余地がない。 鎌倉と房総への海の玄関を結ぶ要衝の街道を、のんびり寺巡りをしながら歩きたいけれど、あくまで車両優先である。 ...続きを見る

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2010/11/04 21:21
秋の竹林 報国寺
二年前の春にはじめて報国寺を訪れた時 寺の由来について若干記しているので、ここでは割愛する。 季節による光や湿度の違いが拙い写真にも出ているかもしれないので、ご覧になって頂ければうれしい。 http://freeport.at.webry.info/200804/article_13.html ...続きを見る

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2010/11/03 18:29
兵どもが夢のあと 称名寺 金沢文庫
空模様が気がかりだったが、予定していた三浦半島ドライブを決行することになった。 台風一過後も秋雨前線の影響が残り、前夜は何度か目覚めて激しい雨音を聞いた。 ...続きを見る

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2010/11/02 18:09
アルプの里 湯沢高原にて 
清津峡より越後湯沢駅まで帰って来た。 帰りのバス便までまだ間があったので、最後に山上からの眺望を楽しもうということになった。 JR越後湯沢駅より10分足らずのところに、湯沢高原ロープウェイの乗り場がある。 行く先は「アルプの里」と呼ばれる“山上遊園地”。 ...続きを見る

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2010/10/27 18:16
日本三大峡谷 清津峡
トンネルまでつくって、4か所の開口部から渓谷美を楽しもうというのだから、これは是非見物してみなくてはと、越後湯沢駅前からバスに乗る。 ...続きを見る

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2010/10/21 19:29
「北越雪譜」の世界 塩沢宿にて
牧之通りで周遊バスを降りた。 ...続きを見る

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2010/10/19 21:40
雲洞庵の土踏んだか 曹洞禅の名刹
塩沢に来た目的の一つがここ雲洞庵だった。 ...続きを見る

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2010/10/17 18:52
フォッサマグナを歩く
平岩駅で叔父夫婦と落ち合って、フォッサマグナの西縁部、糸魚川―静岡構造線(略して糸静線)に沿ってあらわれる断層面を案内してもらうことになった。 フォッサマグナはラテン語で「大きな溝」という意味だそうだ。 糸静線はユーラシアプレートと北米プレートが接する線といわれている。 東縁部については諸説あったが、現在では、柏崎・千葉構造線及び新発田・小出構造線に落ち着いているようだ。 ...続きを見る

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2010/10/16 10:16
大糸線
叔父の33回忌の法事が終わり、御斎を頂いた宿に、その夜は泊まった。 糸魚川から姫川を遡ること約22km 石灰分を含む川の水が白濁しているのと同様、湧出量を誇る宿の湯もかすかに白くにごっている。 姫川の対岸はもう長野県である。 目の前の小さな水力発電の設備も、管轄が異なり、この宿に電力を供給しているわけではない。 ...続きを見る

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2010/10/14 17:48
金沢散歩
街路樹の美しい町だ。 ...続きを見る

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2010/10/13 18:03
黄金色の秋 蒲原平野
北方文化博物館の西の中門から屋敷地の外に出た。 野外ステージの設けられたイベント広場を抜けると、駐車場の向こうは目路の限り、稲穂の波であった。 瞬間、この風景を見に来たのだという思いが湧きあがって来た。 ...続きを見る

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2010/10/09 12:58
お寺のもよう替え 大榮寺
「今、修行僧が9人来ていますよ」 宿の方が教えてくれたので、朝食前に大榮寺まで歩いてみることにした。 この辺りは沢海城の城下町で、町割りなどに江戸時代の名残をとどめている。 「横道に入ると狭くて…、少し道がへんですけれど」 なるほど道を真直ぐ通さず、鍵の手に曲げるのは、敵の侵入を防ぐ城下町の常套である。 ...続きを見る

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2010/10/08 18:20
北方文化博物館 三楽亭・集古館
新津市街の北方、阿賀野川西岸に沢海(そうみ)の集落がある。 大河は、蒲原平野を蛇行しながらさらに17kmほど流れ下り、やがて日本海に達する。 左岸の堤防を下って行くと、越後屈指の大地主といわれた伊藤家が屋敷をかまえている。 現在は北方文化博物館となって往時の豪農ぶりを今日に伝えている。 ...続きを見る

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2010/10/07 19:27
北方文化博物館 大呂菴にて
まるで親戚の家に泊めてもらうような気安さで、2階角部屋のベッドルームでぐっすりと眠った。 大呂菴は北方文化博物館の付帯設備で、伊東家当主の叔父さんの離れだった由。 式台玄関は格式を感じさせるが、レトロなふつうの日本家屋に近く、働く人もプロの仲居さんやホテルマンとは違う。 それが寛げる大きな理由かもしれない。 客はせいぜい数組が泊まれるくらいの規模である。 ...続きを見る

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2010/10/06 21:55
北方文化博物館 本館
駐車場にぽつんと立つイチョウに銀杏が鈴生りだった。 その日の宿となる大呂菴にリュックを預けた後、改めて「北方文化博物館」の土蔵造り門を潜った。 竹林の根もとに、小さな五輪塔や石仏など中世の石造物がひっそりと蹲っている。 ...続きを見る

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2010/10/05 20:05
蒲原平野へ・・・ 豪農の館を訪ねる
長い長い関越トンネルを抜けると、そこはもう雪国・湯沢だけれど 夏が終わったばかりのこの季節にその実感はない。 豪雪地帯の魚野川沿いの田はほぼ刈取を終えていたが、数日前までは一面、黄金色に輝いていたことだろう。 ...続きを見る

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2010/10/03 17:38
辻井喬の「古寺巡礼」
同工異曲の本が多いけれど、本書は辻井喬の「古寺巡礼」である。 古寺も奈良に限らず、若狭、近江、河内、紀州、鎌倉…などの寺に及んでいる。 セゾングループを統帥していた経済人であった堤清二が、辞任してから20年近くを経過した今、日本の古い文化財に接して何を感じ、どのように評価するのか興味をそそられた。 ...続きを見る

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2010/09/22 19:21
大人になってもおばけに会えるだろうか…「ゲゲゲの鬼太郎」
朝ドラの「ゲゲゲの女房」が好評のうちに終わろうとしている。 ...続きを見る

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2010/09/12 10:46
「花祭」 民俗学の名著を読む
愛知県と長野県の県境付近の伊那谷に古い芸能が伝わっていることは聞いていたが、詳しいことは知らず、それが却って天竜川流域の村々を隠れ里めいた神秘なものに感じさせていた。 いつか行ってみたい土地だ。 信州は山々に隔てられ、地域ごとに驚くほど気風が違うという。 土地勘のない天竜川流域、高遠以南は私にとって未知の土地である。 ...続きを見る

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2010/08/30 19:11
お盆の日に 霊園にて
墓苑を区切る柘植の生垣がきれいに刈り込まれて、上空には遮るものもない。 ...続きを見る

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2010/08/15 09:38
「想像の共同体 ナショナリズムの起源と流行」を読む
本書の初訳は、ベネディクト・アンダーソンの教えを受けた白石隆・白石さやによって行われ、1987年に東京で出版されている。 当時はずいぶん話題になった書物であったようで、もはやナショナリズムの古典として位置づけられているようだ。 それにしても1987年にはまだソ連邦の解体も予想だにされず、本書も批判や時代の流れに合わせてその後、増補版、そして定本と、三度の刊行を重ねている。 ...続きを見る

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2010/07/29 19:32
何必館
上高野を訪ねた後、京阪電車を祇園四条で降りた。 四条通に吊り下げられた提灯が祇園祭のはじまりを告げている。 和菓子屋の店先に外郎生地に小豆をのせた三角形の「水無月」が並んでいる。 夏越しの祓の時に、京都人が無病息災を祈って食べる菓子だ。 ...続きを見る

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2010/07/06 21:19
崇道神社
京都に来ると反射的に御霊信仰のことを考える。 平安京を見舞う災害、疫病などはすべて、恨みをのんで死んだ霊の仕業であると考える信仰のことである。 現代に生きる我々は即、迷信として軽視しがちだが、科学的思考法や実証主義とは遠く離れた古代・中世に生きる人々が、不条理な出来事を怨霊の祟りと考えてしまうことに何の不思議があろうか。 志半ばで、政争に敗れ、戦乱によって落命した敗者の恨みはいかほどか… 政権奪取の後も、災厄が度重なれば、それを怨霊のせいと考えるのは、至極人間的なことでは... ...続きを見る

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2010/07/05 16:37
蓮華寺にて
出町柳で叡山電鉄に乗り換え、三宅八幡で降車する。 一つ先は終点の八瀬比叡山口駅である。 比叡山の麓、八瀬の里を訪ねたのは、祇園祭がはじまった日のことだった。 ...続きを見る

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2010/07/04 14:32
西本願寺にて
しら珠の数珠屋町とはいづかたぞ 中京こえて人に問はまし ...続きを見る

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2010/07/03 10:11
東本願寺の朝
京都タワーの上空の雲が右から左へと流れてゆく。 最下層の雲は反対に左から右へとゆっくり動いているようだ。 少し目を放した隙に「空模様」はもう一変しているのだ。 ...続きを見る

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2010/07/02 18:38
ペリーロード
下田公園で紫陽花見物をした後、通称ペリーロードを歩いた。 昔は遊郭だった地域で、今もそこはかとない風情を漂わせている。 掘割にかかる柳の緑、石橋、なまこ壁の蔵 置屋か揚屋か、かつてそのような機能を果たしたらしき家など 平滑川に架けられた石橋の趣が長崎を思い起こさせる。 ...続きを見る

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2010/06/26 17:43
寝姿山展望台より下田港を望見する
俗に、京島原の太夫に、江戸吉原の張り持たせ、長崎円山の衣装着せ、大阪新町の揚屋にて遊びたし、などと言われたそうだが、 これは100%以上の満足を得ようとする見果てぬ夢だ。 (男性はよくそのような発想をするらしい…) ...続きを見る

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2010/06/25 18:44
岬へ… 石廊崎灯台へ
海があればわけもなく岬の突端を目指してしまう。 川であれば源流を確かめたくなり、山があれば頂きを極めてみたくなる。 寺でさえ奥の院はどこか秘密の基地めいて、誘われるのだ。 ...続きを見る

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2010/06/24 21:09
弓ヶ浜と石廊崎
下田駅前でバスを乗り継ぎ休暇村へ。 南伊豆の休暇村は景勝の地弓ヶ浜海岸に面している。 リニューアルして日も浅く、下加茂温泉の湯を引く温泉設備が素晴らしい。 窓からは青松に遮られて、白砂の方はよく見えないが、松林を抜けてすぐ海岸に行くことができる。 弓なりに湾曲した美しい浜辺だ。 左手にタライ岬を望み、遊歩道も整備されているようである。 西方の石廊崎へはバスで15分ほどである。 ...続きを見る

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2010/06/22 18:53
天城越え 修善寺から下田へ
伊豆は歩いてみないとわからないという。 伊豆に限らず、やはり旅は歩くことが基本だろう。 島崎藤村は大仁から修善寺まで一里の道を歩き、下田までは乗合馬車に乗っている。 明治42年、鉄道は大仁までだった。 伊豆半島は小さな紀伊半島だ、というのは昭和11年に「私の伊豆」を書いた川端康成の印象である。 雨が多い。 「六月伊豆の温泉へ行くとすれば、先づこの狩野川の鮎釣りくらゐのものであろう」 と、書いている。 修善寺への道中、車窓より狩野川の流れの中に等間隔に並ぶ釣人が見え... ...続きを見る

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2010/06/21 19:42
竹林の小徑 修善寺にて
渓流の瀬音に、六月のやさしい雨音などたちまちかき消されてしまう。 宿は珍しい木造3階建てで、桂川に面していた。 夜中に目覚めても雨の音を聞き分けることができない。 ...続きを見る

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2010/06/20 17:59
源氏哀話 修禅寺物語
桂川の両岸に山が迫り、その間を温泉街が細長く続いていた。 修善寺温泉バス停で降り、干しシイタケを商う店やこじゃれたカフェの並ぶ道を歩く時も、車をよけるために、しばしば立ち止まらざるを得ない。 桂谷は狭い。 川端康成は、熱海のはなやかさに比べて、修善寺には寂びた静けさがあると書き残している。 中世の寂しい修善寺のあり様が想像され、流刑地としての伊豆の僻地性を思った。 ...続きを見る

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2010/06/19 19:06
伊豆の良寛 新井旅館にて
朱塗りの楓橋の上流は、アオモミジが鬱蒼と渓流に影を落としていた。 橋の袂に古びた旅館があり、窓辺の椅子に座って寛ぐ人がガラス戸越しにちらほら見える。 国の登録有形文化財に指定されている新井旅館だった。 桂川に面した絶好のロケーション、風雅な佇まい… ...続きを見る

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2010/06/18 17:01
紫陽花六分咲き 下田公園にて
東海地方の梅雨入りを翌日にひかえた日、 とりわけ降雨量の多い伊豆を訪ねた。 ...続きを見る

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2010/06/17 14:17
竜頭の滝
停留所からすぐですよ と、言われてバスを降り、橋を渡る。 橋上からトウゴクミツバツツジの紫色と急流の白さが美しい対比を見せていた。 紅葉滝とも呼ばれているように、モミジの頃の美しさは有名だが、滝の周囲をトウゴクミツバツツジの花が彩るこの喜悦も多くのカメラマンを引き寄せるようだ。 下って来る人が「大変ですよ」と言う。 国道から眺めるのがいい、というので、流れ下る滝を左手に見ながら登って行った。 ...続きを見る

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2010/06/03 21:41
低公害バスに乗って、千手ヶ浜へ
路線バスを赤沼で降りて、赤沼車庫にて低公害バスの発車を待った。 赤沼は、キティ台風による土砂崩れが起きる前は、名前の通り赤い沼地があったところだそうだ。 ...続きを見る

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2010/06/02 19:47
湯ノ湖畔にて
湯ノ湖畔を広く見渡せる食堂で朝食をとっていると、中学生の一団が木道を渡ってゆくのが見えた。 こちらに気がつくと一斉に手を振りはじめた。 食卓に向かっていた人たちも、訳もなくうれしくなって、思わず手を振って応えるのだった。 雨が続いた後に、日が燦々と降り注ぐ朝だった。 ...続きを見る

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2010/06/01 12:22
雨の日は温泉に行こう 奥日光にて
・・・と、タイトルには書いたが、雨マークの続く週間天気予報を見て、出発を一日だけ延期した。 ...続きを見る

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2010/05/31 10:25
戦場ヶ原をゆく
赤沼方面から湯川を遡ってくる人に出会ったので、光徳への分かれ道があったかどうか尋ねた。 湯川のところどころに河床の赤い支流が見られる。 赤沼という地名もかつて赤い沼があったことから名付けられたそうだ。 鉄分が酸化した色だ。 ...続きを見る

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2010/05/30 15:14
湯滝より湯川沿いを歩く 奥日光にて
奥日光の春は遅く、雪を残す山々の麓では、落葉松の若葉と白樺の柔らかな浅緑、薄いピンク色に煙る若芽が混在している。 ようやく冬枯れを脱し、モノトーンに薄く彩色したような具合だ。 ...続きを見る

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2010/05/29 15:03
初瀬詣で
神社仏閣を巡り歩いて、どこかもの足りなさを覚えるとしたら、それは我々がすでに信仰から見放された存在であるからと言わねばならないだろう。 ここでは信仰の対象より、信仰そのものが問われるのである。 そこで今日我々が信仰に代わるものを見出しているか、と自問すれば、はなはだ心もとない。 例えば、美に対する信仰、という言い方がある。 これなどは今日、超越者=神への帰依を代替するものとして、盛んに流布する観念的な言い草である。 美が万人をたちまち説得してしまう力については疑うべくも... ...続きを見る

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2010/03/09 17:51
室生寺にて
室生口大野駅より室生寺行きのバスに乗る。 この季節、一日5本の便数である。 乗客はわずかに5、6人ばかり。 室生寺前で降りて、室生川を200mほど遡ったところに朱塗りの太鼓橋が架かっている。 途中で「お寺には何もありませんよ」と言いながら、まんじゅうを売っているが こんなに少ない参詣者では、開店休業といった趣だ。 ...続きを見る

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2010/03/08 19:56
岡寺にて
奈良国立博物館でお水取りの特別展示を観た後、橿原に向かった。 橿原神宮前駅に着き、投宿後、まず岡寺を目指す。 ...続きを見る

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2010/03/07 21:33
転害門から
朝の散歩のルートの順に写真をアップしました。 たくさんの写真で恐縮ですが どうぞ散歩にお付き合いくださるつもりでスクロールください。 ...続きを見る

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2010/03/06 14:31
唐招提寺
会津八一の「自註鹿鳴集」を読んでいると 自然と口をついて出てくる歌が多い。 森鴎外にも「奈良五十首」があるが 正倉院の歌と十輪院を詠んだ歌以外はほとんど知らない。 (正倉院の歌は国威を発揚させるような高らかな歌いぶりで、十輪院の方はメーテルリンクの「青い鳥」を下敷きにして意味深長である※) ...続きを見る

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2010/03/05 22:19
平城宮跡にて 
朝食もとらずに戒壇院から大仏殿へと歩き回ったためにすっかりお腹がすいてしまった。 南大門前には鹿が集まっていて、シカせんべいをねだっている。 シカせんべいといえば、戦後奈良を撮っていた土門拳のチームが空腹のあまりシカせんべいを試食?したエピソードなどは、戦後の食糧不足をありありと想像させるものだ。 おまけについに鹿を密殺して、その肉を食おうという計画を思いつき、実行直前に翻意させた雌鹿の姿態を生々しく書き残している。 実際、早朝に飛火野を縦横に走る小道を歩いている時など、... ...続きを見る

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2010/03/04 20:48
戒壇院から大仏殿へ
月ヶ瀬に梅を観に行く予定で、早朝出発のため宿の朝食をキャンセルしていた。 バス便は往路1本、復路1本と選択の余地がない。 あと一週間もすれば臨時バスが出るのだが、まだ見頃には早いということだろう。 ...続きを見る

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2010/03/03 21:14
二月堂から
春を迎えて平城遷都1300年祭で賑わう前に、静かな奈良を歩いてみようと思った。 日曜日でもあり、そろそろ午後の日が傾き始める時刻であったが、さすが東大寺! 南大門を通って続々と帰路につく人々とすれ違った。 ...続きを見る

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2010/03/02 22:11
興福寺
近鉄奈良駅で下車し、東向通りのアーケード街の途中から興福寺境内に入る。 いつも思うのだが、興福寺の寺域はいったいどこからどこまでなのだろう… ...続きを見る

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2010/03/01 21:14
夢殿にて
一体、誰がいつ この八角円堂を「夢殿」と名づけたのだろうか。 (一説に、聖徳太子が瞑想にふけった建物の名であったという) 現実が、骨肉相食む、凄惨な権力闘争の巷であったからこそ、「夢」の一字に託す希求の大きかったことを思う。 聖徳太子の時代に限らず、世が乱れる度に、平和という夢が人々の心に強く刻まれる。 ...続きを見る

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2010/02/28 23:18
法隆寺 西院伽藍
まだ2月下旬というのに ヒートテックにセーターを重ねただけで外気の中を歩けるという5月上旬並みの気候の日だった。 梅も一気に綻びそうだ。 ...続きを見る

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2010/02/27 17:14
斑鳩の里にて
奈良に来て五日目。 帰りの新幹線に間に合うように、これで最後になるかもしれないから…、という同行者の希望に従って、法隆寺を訪ねることにした。 かつて斑鳩三塔を巡り、法起寺から法輪寺を経て法隆寺へと、或いはその逆コースを歩いたことがある。 飛鳥に似た斑鳩の鄙びた里の風景が目に焼きついて残っていた。 ...続きを見る

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2010/02/26 19:27
根津美術館 表参道にて
冬至の日、10月にリニューアルオープンした根津美術館を訪れた。 最後に訪ねたのは2006年の春だったと思う。 それから間もなく美術館は改築のため3年半の休館に入ったのだった。 改修前に観た尾形光琳の「燕子花屏風」と円山応挙の「藤花図屏風」が目に焼き付いたままだった。 どちらも根津美術館が所蔵する名品である。 ...続きを見る

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2009/12/23 18:58
「気違い部落周游紀行」を読む
開高健が活写した「きだみのる」像を読めば、その作品を読まないではいられない。 早速図書館で「気違い部落周游紀行」を収録した「土とふるさとの文学全集@」を借りてきた。 一読後、民俗学的にも興味深い村人の習慣や意識、行動原理といった具体の描写と省察は、深沢七郎の風刺に近似しているという印象を持った。 文体は明晰で諧謔味に富み、洞察力に満ちた鋭い文明批評がユーモラスな語り口につつまれている。 ...続きを見る

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2009/12/18 00:15
昭和30年代モダン観光旅行
昭和30年代を懐かしさのみで語ることの愚かしさを思うのであるが 同時にあの頃の乏しさすら牧歌的風景に見えてしまうのもまた正直なところだ。 つい先日昭和36年を年表的に回顧するTV番組を観て、ポリオワクチンか…騒然とした世相だったなあ、と懐旧に耽ったばかりだ(NHK「日めくりタイムトラベル 昭和36年」)。 小児まひワクチンの認可を要求して厚生省に押しかける母親たちの逞しさが際立っていた。 逞しさなら今日の母親も負けないだろうが、あの頃の母親ならばどんなに貧しくても給食費未... ...続きを見る

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2009/12/08 20:27
「糸魚川の自然を歩く」
どこにでもあるようで、どこにもない糸魚川 ...続きを見る

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2009/11/18 19:33
宮沢賢治をめぐる4冊の本
車窓から見上げる建物はどこか威圧感を感じさせた。 花巻駅の周辺では高層の建築物だったせいだろうか。 タクシーの運転手が あれも宮沢家の経営ですよ、と言った。 宮沢賢治の母方も宮沢性で、その一族が所有するホテルだった。 ...続きを見る

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2009/11/14 23:44
銚子行 再び
日曜日の8時にN市の市庁舎前を出発する。 九十九里から銚子まで、海のオゾンをたっぷり吸って海景を堪能しようというバス行である。 事前に観光会社に日程表を提出して、時間的に無理がないか検討してもらっている。 大型バスによる少人数の旅なので、費用が心配だったが、そこも何とかクリアできそうだ。 湾岸より千葉東金道路へと、高速を順調に走って 昼食をとる前に道の駅「オライはすぬま」に寄った。 クリスマスの寄せ植え用にミニシクラメンを4鉢購入。 ...続きを見る

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2009/11/10 18:30
たそがれ清兵衛が生きた空間 角館散歩
角館の町は、「火除け」という空地によって、武家の住む内町と町人の住む外町に分かれている。 類焼を防ぐ目的と、戦時に防衛線を果たす役割があったようだ。 城下町によくある桝形も見られる。 南北道路を一直線に通さず、交差点で軸をずらし鍵状にしたものだ。 一般に防衛上の目的で設けられるが、角館では町人町から武家町を見通せないようにとの配慮からともいわれている。 ...続きを見る

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2009/11/07 18:24
石黒家 角館武家屋敷通りにて
角館の城下町は、西方を檜木内川が流れ、東側に連なる山並みとの間に形成されている。 南を玉川が限り、南北にのびる細長い要害の地である。 北端正面に当時小松山と呼ばれていた古城山(↑)が位置し、この地に勢力をふるっていた戸沢飛騨守家盛という人が、1423(応永30)年に築城したのが角館城のはじまりという。 その頃の城下町は現在とは反対側の、古城山の北にあったそうだ。 その後、伊達政宗に敗れた芦名義広が、常陸から転封されて来た佐竹氏に身を寄せ、1万5千石の角館城主となった。 ... ...続きを見る

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2009/11/05 18:26
角館 
角館を訪ねる意義は、まず枝垂れ桜の頃の美しさであろうが みちのくの小京都を、最も美しく彩られる季節に訪問するためには、半端じゃない混雑を覚悟せねばならないだろう。 桜の盛りはゴールデンウィーク前になるが、一日に10万人もの観光客が訪れるということだ。 ...続きを見る

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2009/11/03 18:05
自然の小徑
バスを待つより歩こうということになった。 日本国中立派な舗装道路がはりめぐらされた挙句、却って過疎は進み、反面、本当の意味での辺境が消えてしまった。 「休暇村 乳頭温泉郷」から旧道がぐるりと迂回するようなかたちで鶴の湯へとのびている。 自動車道路と交差する地点にバス停があるので、そこまで歩くことにしたのだ。 ...続きを見る

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2009/11/01 18:29
妙乃湯
休暇村をチェック・アウトして、前日に予約しておいた湯めぐり号で大釜温泉まで送ってもらった。 観光地となってしまった「鶴の湯」行きの時とは違って乗客は我々だけだった。 キャブの運転手の秋田弁が素晴らしくて、ようやく秋田に来たのだという実感がわいてきた。 観光地だけを歩いていると、日本国中ほとんど標準語に毒されてしまった感があるが、さにあらず、心強い限りなのだ。 大釜温泉は、県内の小学校の廃校舎を譲り受けて移築したものそうだ。 シンプルな造りで、こんなところに泊まるのもいい... ...続きを見る

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2009/10/31 22:08
ツァールの森へ
鶴の湯温泉の門の前から道を右手にとる。 小川に架かる橋を渡って道なりに行くとやがて「ツァールの森」へと至るはずだ。 それにしても「ツァールの森」とは何だろう。 宮沢賢治も乳頭山に登っているけれど、賢治の言葉の語感とはちょっと違う。 ...続きを見る

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2009/10/30 19:03
屏風ヶ浦の夕日
ウォッセ21で昼食をとった後、銚子ポートタワーの展望室に上って、銚子魚市場を見下ろした。 坂東太郎が、長い旅を終えて、ついに鹿島灘へと注ぐ。 ゆったりとした河口の右岸、こちら側が銚子漁港である。 昼下がりの魚市場は眠っているようだ。 沖合をゆっくりと漁船が横切ってゆく。 ...続きを見る

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2009/10/27 17:38
水平線が330°「地球の丸く見える丘」
JR総武線銚子駅に着くと、ホームの先に愛らしいゲートがあり銚子電鉄の車両が停まっていた。 銚子電鉄は全長6.4km、終点外川は古い漁師町の名残を今に伝える風情のある町だそうだ。 車内で車掌さんから君ヶ浜行きの切符を買う。 ふちが少し日に焼けているような頼りない切符だった。 週日にもかかわらず、車内は観光客で賑わっている。 バスでやって来たツアー客が、片道だけ乗車してみる、というのが定番だそうだ。 君ヶ浜駅で降りて、浜まで、畑の中の一本道を歩いた。 海が近いことを感じ... ...続きを見る

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2009/10/25 22:58
九十九里浜
JR旭駅から南へ4kmほど、広々と畑地が続く。 砂地で、作物は落花生、きゅうり、トマトなどだそうだ。 千葉県産の落花生の、外国産に比べて高価なこと! 「そんなに手をかけているようにも見えませんがねえ」 とタクシーの運転手。 千葉米はあまり美味しいとはいえないが、ピーナッツnの方は、中国産との差は歴然としている。 ...続きを見る

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2009/10/23 21:12
飯高檀林跡へ
かってにイメージをつくり上げてしまった挙句、その確認のために訪ねないではいられなくなる場所がある。 そもそも旅というものが確認のための作業にほかならないという有名な説があるけれど・・・ ...続きを見る

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2009/10/21 11:06
鶴の湯 乳頭温泉郷にて
休暇村に着くと早速「湯めぐり帖」を買い求めた。 一年間有効で、乳頭温泉郷7つの湯に入ることができ、予約すれば「湯めぐり号」による送迎サービスを利用することもできる。 ...続きを見る

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2009/10/17 18:06
乳頭温泉郷
ブルーガイドの秘湯人気投票でナンバーワンになったこともある乳頭温泉郷に行く。 新幹線こまちだったら30分で行くところ、盛岡から田沢湖まで鈍行で一時間余り。 時間がかかるのは何度か新幹線の通過待ちをするためだ。 ほとんど乗客もいない。 ...続きを見る

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2009/10/16 19:28
もりおか啄木・賢治青春館と奥州街道
盛岡二日目の夜が明けた。 盛岡駅東口より循環バス「でんでんむし」号に乗って「もりおか啄木・賢治青春館」へ。 循環バスは観光用ではなく、公共交通を利用することを勧めるため市内中心部を100円均一で走っている。 右回りと左回りがあり、岩手医大付属病院前を通り、市民の利用が多い。 (そういえば県立美術館前では750mを280円で走るタクシーを見かけたが、街中では便利だろう) ...続きを見る

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2009/10/14 23:08
岩手県立美術館
盛岡に泊まった翌朝 未知の土地はまず高所に登って周囲を観察すべし! という宮本常一への父の教えを思い出して 盛岡駅西口の盛岡地域交流センター「マリオン」の20Fまで 上昇してみた。 展望室で東西南北を区切る山並みを眺めて、はじめて 「モリーオ」の広さが実感できる。 ...続きを見る

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2009/10/12 19:02
光原社 材木町にて
宮沢賢治が盛岡での生活を開始したのは 年譜によると、県立盛岡中学校に入学した13歳の時である。 「注文の多い料理店」を光原社から出版したのは28歳。 ...続きを見る

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2009/10/10 20:05
たしかにここは修羅のなぎさ・・・ イギリス海岸にて
童話村前に客待ちしていたタクシーに乗り、宮沢賢治詩碑第一号の建つ羅須地人協会跡へ向かった。 ...続きを見る

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2009/10/07 17:54
宮沢賢治童話村
宮沢賢治記念館は賢治のマルチな才能を、充実した展示内容で紹介している。 賢治の幅広い活動そのものに負うところが大きいとはいえ、他の個人博物館と比べてもレベルが高い。 空調のきいた収蔵庫には、3000枚の遺稿が一枚ずつ桐の箱に収められているそうだ。 ...続きを見る

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2009/10/04 19:38
宮沢賢治記念館 ハーナムキヤにて
ハーナムキヤ(花巻)はイーハトヴの中心である。 ...続きを見る

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2009/10/03 19:36
林風舎にて
花巻駅の北側の擁壁に、日が沈むと「銀河鉄道の夜」が浮かび上がり、宮沢賢治ファンの観光名所になっているそうだ。 ...続きを見る

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2009/10/02 18:26
三浦半島へ
まぐろを食べに行きませんか? という誘いにのって、首都高速の、信じられないほど神経を使う交通網を突破して、三浦半島へ。 (この日はシルバーウィークを控えているせいか、特別混んでいたようだが) ...続きを見る

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2009/09/17 20:55
長野へ・・・志賀草津高原ルート
万座プリンスホテルの源泉は75℃なので加水しているが、源泉かけ流しである。 日本有数の、硫黄分の濃厚な温泉である。 到着日はあいにくの雨模様だったので、まず温泉に入ることにした。 白濁した湯。 山もまた濃霧に閉ざされて白一色の世界である。 ...続きを見る

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2009/09/13 21:21
武具脱池(もののぐのいけ) 草津白根山にて
翌日、再び万座温泉の宿の前の停留所よりバスに乗る。 9時発の路線バスは20分ほどで楽々白根山頂へと連れて行ってくれる。 前日、横手山へ登る方法を教えてくれたご夫妻が窓から見えたので、手を振って別れを惜しんだ。 ...続きを見る

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2009/09/11 21:42
牛池 万座温泉にて
万座温泉は標高1800m 軽井沢より800m高いので、4℃ほど気温が低くなるはずだ。 8月が終わったばかりだったが、とても涼しく快適だ。 ...続きを見る

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2009/09/10 22:01
弓池 草津白根山にて
湯釜へのアクセス・ルートは、日によってということではなく、継続して閉鎖しているようだ。 昨年の今頃は登れたんですがねえ… という人があった。 白根山の火山活動が活発になったためか、気象庁の発表により、湯釜の周囲半径500mが立ち入り禁止になった由。 ...続きを見る

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2009/09/08 18:52
軽井沢プリンス・ショッピング・プラザにて
霧雨に煙るショッピング・モールも、こうして見ると悪くない。 グリーンの芝生に PRINCE SHOPPING PLAZA の白い文字が雨に濡れている。 ひと目で別荘族と分かる人種も時に見かけるが、ほとんどはそうではない。 ...続きを見る

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2009/09/06 19:52
湯釜 草津白根山にて
残暑を逃れて万座温泉へ。 世界有数の強酸性の火口湖を見るのが主な目的だった。 5月下旬に訪れた時は、グループ旅行だったため時間の制約があり、エメラルドグリーンの湖面を見ないまま草津へ下った。 この日も、斜面を登る道が閉鎖になっており、残念ながら火口湖にアクセスすることができなかった。 ...続きを見る

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2009/09/05 18:54
「旅の民俗学」
宮本常一が’69から’80にかけて対談あるいは鼎談したものをまとめている。 ...続きを見る

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2009/08/26 23:40
「そろそろ旅に」
十返舎一九が戯作者として自立するまでを、まるで江戸時代は天明・寛政期にタイムスリップしたかのように、目の当たりにさせてくれるのが本書である。 考証、物語の運び、人物造形の面白さ、生き生きとした会話と人情の機微、…etc. すべてに安心して、読ませてくれるのが松井今朝子の作品だ。 ...続きを見る

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2009/07/13 01:09
旅行ガイドとしての文学
「武蔵野」の風景は国木田独歩によって発見されたといっても過言ではないだろう。 武蔵野の範囲は茫漠としていて、とらえどころがなく、月の入るべき山もない芒が原を、雑木林に落ちる木漏れ日が小川の水面をきらめかせる風景として固定したのは、国木田独歩だからだ。 因みに、柳田国男によれば、独歩の武蔵野は正確ではないという。 ...続きを見る

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2009/07/05 12:16
京都本の世界
腐っても鯛、というけれど、首都を東京に奪われてからも、京都は依然として1200年のミヤコである。 京都特集を編むと女性誌が売れると言われた。 春は桜の、秋は紅葉の古都の案内をこぞって特集する。 ...続きを見る

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2009/06/29 22:25
北山公園にて
八国山は濃い緑に覆われてすっかり夏姿だ。 その南側の北山公園は花菖蒲の見頃を迎えていた。 ...続きを見る

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2009/06/10 22:07
まどろむ鳩のように 睡鳩荘(すいきゅうそう)
鳩が湖畔で午睡の夢を貪っている・・・ 白樺の木立の間から見える「睡鳩荘」はまどろむかのようにすっかり寛いでいた。 山荘は、すでに朝吹家の手を離れ、貴顕紳士淑女を接待する役目からも解放されて、移築後、昨夏よりアミューズメントパークの入場料さえ払えば万人の見学に応じている。 ...続きを見る

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2009/06/08 21:17
塩沢湖ひとめぐり
静かな塩沢湖畔をめぐっていると、夏の喧騒が嘘のようだ。 ...続きを見る

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2009/06/07 14:50
軽井沢高原文庫
深沢紅子野の花美術館をあとにして、タリアセンの駐車場(シーズン・オフなので停める車もほとんどなく、駐車料金も無料だった)でバスを降り、まず軽井沢高原文庫を訪ねた。 昨秋来た時は、落葉が舗道を覆っており、やはりひっそりと静かだった。 夏の盛りには、この辺りも人出が多く、全く違った印象を与えるのだが。 ...続きを見る

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2009/06/05 21:38
草津から軽井沢へ
早朝に温泉に入ると、寝ぼけ眼の身体が目覚めて、たちまちしゃっきりする。 一日のスタートとしては快適だ。 朝の露天風呂は気持ちが良い… 鶯の声、美味しい空気…都会ではなかなか味わえないものだ。 源泉かけ流しをうたっているが、肌に刺激がないのは、加水しているせいだろうか。 ...続きを見る

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2009/06/03 21:13
湯畑 草津にて
西の河原公園から、土産物店が軒を連ねるゆるやかな下りの道を、湯畑に向かう。 一部車椅子を利用する人もいたので、わずかでも高低差のある道やでこぼこした路面では、アシスト車いすを利用できたらどんなに楽だろうかと考えた。 車椅子を押す人も介助しながら観光を楽しむ余裕ができるだろう。 介助される方も気兼ねがなくなって、気持ちにゆとりが生まれるだろう。 ...続きを見る

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2009/06/01 21:22
西の河原公園 草津にて
草津は湯畑周辺に駐車場を確保せねばならない。 乗用車であれば湯畑までアクセス可能だが、大型バスでは無理だ。 観光協会から予め有料駐車場の案内を受けていたが、バスの運転手さんのお知恵を拝借して、西の河原公園至近の土産物店の駐車場に入れることができた。 ...続きを見る

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2009/05/31 17:25
草津白根山へ
N市の市庁舎前を予定の8時を少し過ぎてから出発。 一路、草津白根山を目指す。 総勢12名、草津で一泊の後、軽井沢も観光しようという計画である。 ...続きを見る

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2009/05/29 17:29
隠岐の島
われこそは新島守よ隠岐の海の荒き波風心して吹け ...続きを見る

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2009/05/25 20:29
お茶とお菓子の町 松江
カラコロ工房にて循環バス「レイクライン」を降車。 カラコロ工房というのは旧日本銀行松江支店を工房、体験教室、ギャラリー、飲食などの複合施設としてリニューアルオープンさせたものだ。 銀行の重厚な建築を再利用しないという手はない。 ホテルやレストランに改装された例があるが、どこも不思議な趣があるものだ。 本来の用途から外れることで、計算づくの空間処理を裏切る面白さが生まれる。 ...続きを見る

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2009/05/24 12:52
月照寺
いつの間にか風が強くなっていた。 お濠の水もさざ波が立っている。 ...続きを見る

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2009/05/21 20:59
武家屋敷から明々庵へ
八雲庵という蕎麦やではじめて出雲そばを食べた。 風雅な庭を設えて、美観地区に相応しい店構えにしている。 本当の蕎麦食いではないので、温かいお蕎麦を食べたい。 鴨南蛮を注文して割子を一枚(というのかどうか?)つけてもらった。 汁は濃いが甘めである。 後日、松江駅でも割子蕎麦を食べてみたのだが 斜め前に座っていた男性が、三段になった割子の一段を食べ終わると、底に残った汁を二段目の蕎麦にかけて、足りない分を汁注ぎから補っていた。 その作法に倣って食べたが、「からいですよ」と言... ...続きを見る

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2009/05/18 22:06
小泉八雲旧居 塩見縄手にて
馬洗池の横を通って、天守閣のある高台から塩見縄手を目指して下って行った。 護国神社の前を過ぎ、稲荷神社の赤い鳥居の前にさしかかるとすぐ目の前が内濠に架かる稲荷橋である。 橋を渡って北に進むと間もなく塩見縄手。 かつて中級武士の屋敷が並んでいたこの通りは、現在、松江市伝統美観保存地区に指定されている。 ...続きを見る

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2009/05/16 19:50
興雲閣
天守閣のある本丸に行く前に、松江城内の興雲閣を訪ねた。 朝早くからボランティアの人達が落ち葉掃きに精を出す石段を上って左に折れると、松江神社の先に白亜の擬洋風建築が現われる。 ...続きを見る

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2009/05/13 21:32
松江城にて
松江に来て二日目の朝を迎えた。 観光用の循環バスを利用して松江市内を見学することにする。 ...続きを見る

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2009/05/11 23:44
旧大社駅
出雲大社前駅に戻ってみると、発車までまだ小一時間はあるので、旧大社駅に行ってみることにした。 ...続きを見る

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2009/05/08 22:49
稲佐の浜から日御碕神社へ
出雲大社に参拝した後、出雲国造千家家の前を通って神楽殿へ。 神楽殿は古式の諸儀式が執り行われる大広間である。 団体客の旗を掲げた引率者が「畳○○畳敷き…」などと説明している。 ...続きを見る

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2009/05/06 21:22
出雲大社
出雲大社を訪れたラフカディオ・ハーンは 樹木の壮観、松並木の雄大さ、夥しい参詣客に驚いている。 「日本瞥見記」には 一斉に打ち鳴らされる柏手の音を「潮騒のような重々しい響き」と記している。 出雲が伊勢や京都とともに参詣を口実にした庶民の有名な行楽地であったことを強く印象づける記述である。 ...続きを見る

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2009/05/04 22:11
出雲国造家
そもそも出雲国造家とは何者なのだろう 天皇家より古い家柄ともいう。 ...続きを見る

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2009/05/02 13:15
島根県立古代出雲歴史博物館
レトロな出雲大社前駅に降り立つと、すぐ左手に大鳥居。 扁額が6畳敷の大きさだと聞いても、下から見上げるとずっと小さく見えるものだ。 スケール感が狂う。 ...続きを見る

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2009/04/30 22:20
BATADENに乗って出雲大社へ
松江での一夜が明けて、松江しんじ湖温泉駅から一畑電車に乗るために、県民会館前でバスに乗った。 一畑電車、通称「ばた電」は一時間に1〜2本の割合で電鉄出雲市駅に向かう。 松江しんじ湖温泉を出発して、途中「川跡」で出雲大社前行きに乗り換える。 ...続きを見る

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2009/04/28 20:47
宍道湖の夕景 島根県立美術館にて
松江駅着15:36 早朝に起動して漸く松江に着いたのがこの時刻だから、出雲行きを考えながらなかなか実行に移せなかったわけである。 ...続きを見る

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2009/04/26 18:59
風待ち港にて 西郷港
東西の岬に抱かれて、港の海面はまるで湖のように静かだった。 眠りを覚ますように時折、出船入船の航跡がわずかにその静寂を破る。 ...続きを見る

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2009/04/25 14:07
カタクリ群生地 清水山憩いの森にて
一番花が咲いたのは3月18日だったそうだ。 うかうかしていると、たちまちくたっとなって、地上から姿を消してしまうカタクリの花を、白子川流域の清水山憩いの森に見に行った。 ...続きを見る

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2009/04/03 20:39
武蔵野台地は海面のようにゆるやかに起伏している。 ふだん歩いている時は、上っているとも下っているとも意識されないくらいのわずかな高低差の、ゆったりと周期の長い波である。 この西東京市でも昔は水が出て、舟で行き来したという話を聞いたことがあったが 水がついてはじめて、土地の微妙な高低差を知ることになる。 ...続きを見る

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2009/03/10 21:52
「駅」 日本の名随筆93
京都は在来線で行くと東京から105番目の駅になるそうだ。 ...続きを見る

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2009/02/14 21:03
六甲山頂にて
有馬温泉に泊まった翌日、瑞宝寺公園を散策した後、宿の車で六甲有馬ロープウェイの乗り場まで送ってもらった。 ...続きを見る

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2009/01/15 22:16
有馬温泉
新幹線の新神戸駅というのが、そもそも山裾に張り付いているような駅である。 目の前のロープウェイ駅より布引滝を経て山上にのぼることができ、北神急行でトンネルを潜れば山の向こう側に抜けて、神鉄有馬線に乗り換えて有馬温泉に行くことができる。 神戸を歩く前に有馬温泉に寄ることにした。 ...続きを見る

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2009/01/12 22:23
北野異人館街
「胸突き八丁って、こういう坂のことを言うのだなあ…」 「うろこの家」を目指して、北野のオランダ坂を上った日からもう10年が経過している。 この日、オランダ坂から一本西にある不動坂を上りながら、急傾斜の細い坂道を思い出していた。 ...続きを見る

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2009/01/09 18:37
神戸旧居留地 拾遺
’08.12.15 ルミナリエの最終日に、神戸市役所24Fの展望室から神戸港を眺めた風景 東遊園地のルミナリエの装置 高い塔のような建物は新神戸関電ビル ...続きを見る

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2009/01/06 18:50
チャータードビル
ビル名の由来であるチャータード銀行については、司馬遼太郎の「神戸散歩」にも触れられています。 外国資本の銀行のクラークがたち働く様子を髣髴とさせます。 帳簿をつける時も決して腰かけず、立って仕事をするのが普通だったそうです。 ...続きを見る

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2009/01/03 22:34
十五番館 神戸旧居留地にて
背後に高層ビルを控えた「十五番館」はまるでバージニア・リー・バートンの「ちいさいおうち」のように見える。 時代の流れの中に取り残された「ちいさいおうち」・・・ ...続きを見る

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2009/01/02 17:10
森は生田… 「生田神社」
「森は生田…」というフレーズを頭の中でリフレーンさせながら、不動坂を下り、北野坂を下り、ハンター坂を下った。 ルミナリエを観た翌朝のこと。 神戸観光の前に、まず地元の神様に旅の無事を祈願することにしよう… ...続きを見る

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2008/12/31 17:04
黄昏の神戸港
シティー・ループに乗って中突堤前で降車した。 そのメリケンパークのポートタワー足下で、乗務員の交代が行われるため10分ほど停車する。 シティー・ループというのは、新神戸から北野、三宮、旧居留地、元町、神戸港を繋いで循環するバスのこと。 ガイドによる説明もあり、主な観光スポットを巡るので、観光客にはありがたい。 ...続きを見る

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2008/12/30 16:53
神戸市立小磯記念美術館
兵庫県立美術館には、神戸出身の小磯良平と金山平三の記念室がそれぞれ設けられている。 画風が一通り見渡せる程の豊富なコレクションであるが、小磯良平にはさらに六甲アイランドに個人美術館がある。 最寄駅まで行くつもりで、美術館前に待機していたタクシーに乗った。 六甲アイランドまでさほどかからないと言うので、閉館時間が気になることもあり、車で直行することにした。 ...続きを見る

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2008/12/27 16:38
芸術の館 兵庫県立美術館
海に向かって叫びながら突進して行く髭のおじさん(おじいさんかな?)に出くわした。 三宮駅前からバスに乗って、HAT神戸は兵庫県立美術館前の停留所で下車。 海岸方向へと進み、西口より美術館に入ろうとした時のこと。 自転車のハンドルから両手を放して万歳の姿勢で疾走するその先には、キラキラと光り輝く海があった。 思わず歓喜の声を上げたくなる気持ちは分かるので、別に奇人ではないのかもしれない… と思いながら素知らぬ顔で美術館へ。 ...続きを見る

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2008/12/25 19:05
神戸らんぷミュージアム
神戸は明かりの似合う町だ。 ルミナリエだけではなく、百万ドルの夜景や明治のガス燈、クリスマスのイルミネーション…etc. ...続きを見る

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2008/12/22 23:04
神戸ルミナリエ2008
クリスマス・シーズンが近づくと、わけもなく神戸に行きたくなって ルミナリエの最終日に合わせて旅程を組んだ。 神戸に倣って開催されていた東京ミレナリオには一向に食指をそそられないのに、何故か神戸…♪ ...続きを見る

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2008/12/20 18:21
宮本常一と渋沢敬三 「旅する巨人」
著者は当初、宮本常一ひとりの評伝を書く予定だったが、パトロンとしての渋沢敬三の影響力抜きに希代の民俗学者について語ることができないことに気づき、宮本常一と渋沢敬三、ふたりの伝記となった。 ...続きを見る

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2008/12/11 18:42
「下駄で歩いた巴里」 林芙美子紀行集
熱心な林芙美子のファンというわけではないけれど、この紀行集を読むと、芙美子が飢え、憧れる対象が透けて見えてくるような気がして、愛おしくすらなってくる。 放浪記がヒットして、押しも押されぬ流行作家となった芙美子が、たとえ宿代を気にしながらの旅であっても、昭和初期に一年近くもパリに逗留できる財力は並みではない。 長谷川時雨に、あなたもパリへ行ったら…、くらいの挑発はしたらしい。 対する時雨は、同じ額のお金を国内で使ってみせましょう、と啖呵を切った。 自立した二人の女性が、正面... ...続きを見る

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2008/12/02 19:02
国立歴史民俗博物館
はじめての歴博探訪なのだが、残念ながら90分の見学時間しかとれなかった。 土曜日なので、京葉道路も都心へ向かう車で混雑することが予想される。 N市に18時に帰着するためには、遅くとも15時に出発しなければならない。 ...続きを見る

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2008/11/25 19:10
川村記念美術館
勝浦まで行きながら翌朝、佐倉へ直行するのは芸がない? とも思われたが、この際佐倉の川村記念美術館と国立歴史民俗博物館を見学しようということになった。 土曜日で確実に予約のとれるところということで、美術館内のレストランを利用。 美術館の広大な庭を散策した。 ...続きを見る

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2008/11/24 19:09
房総半島へ
友人たちと勝浦一泊バス旅行に出かけた。 アクアラインを経て、養老渓谷で紅葉狩りの後、太平洋に望む高台の宿で温泉に浸かり、 翌日は佐倉の川村記念美術館と国立歴史民俗博物館を見学するという企画だ。 ...続きを見る

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2008/11/23 17:54
伏見 女酒
伏見の酒は女酒といわれる。 対して男酒と呼ばれるのが灘の酒。 灘では、古い花崗岩層を潜り抜けてきた地下水が適度なミネラル分を含み、酵母の栄養分となるため、醸造期間が短縮され、きりっとした辛口の酒ができるという理屈だ。 ...続きを見る

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2008/11/20 19:10
京都拾遺
観光寺でもなく街中にあって、庶民信仰が今に生きている寺社を、土地の人に交じって、遠慮しつつお参りさせてもらうのが旅の楽しみのひとつだ。 お彼岸やお盆に京都の人たちがどんな風にご先祖を供養するのか、興味深く拝見することもある。 ...続きを見る

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2008/11/17 18:51
京都御苑にて
緑地が普段の生活空間に組み込まれているのは、素敵なことだ。 プランターに植えられた小さな緑や、屋上の緑化などという小手先の対応策ではなく、ちゃんと大地に根を張り、枝を広げ亭々と聳える樹木のある公園が欲しい。 その点、京都市民は幸せだ。 モバイルパソコンに入力したり、本を広げたり、幼児を遊ばせながら情報交換するお母さん。 公の場所で孤独を保つことができる設備。 一方、公園や街路樹、遊歩道などに関して、東京の都市計画が成功しているとはとても思えない。 ...続きを見る

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2008/11/15 19:15
床紅葉の門跡寺院 実相院
湖東三山を巡る観光バスをキャンセルして、雨模様のその日、岩倉に行くことに決めた。 雨は夜通し降り続き、朝になっても窓ガラス越しに雨脚が見えた。 ...続きを見る

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2008/11/13 23:54
正倉院展 2008
正倉院展は、はじめての観覧になります。 手元に200枚近くの御物の絵葉書がありました。 毎年欠かさず正倉院展に出かける人からのお土産です。 先達のアドバイスは午後3時頃になるとわりあいに空く、というものでした。 ...続きを見る

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2008/11/10 23:06
正倉院へ
障子戸に朝日が差し染める頃、宿を出た。 しばらくぶりに戒壇院を経て、大仏殿の横を通り正倉院までを歩いてみることにした。 ...続きを見る

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2008/11/09 18:56
旧追分宿にて
軽井沢の風景の中で、折に触れ頭の中でリフレインする詩の一節や小説中のセンテンスがいくつかある。 北原白秋の落葉松、沓掛では長谷川伸の沓掛時次郎の台詞などはすっかり刷り込まれて、意味をはなれ音楽となっている。 そして、この追分では立原道造の「村はづれの歌」 ...続きを見る

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2008/10/24 22:32
堀辰雄文学記念館 追分にて
国道18号を西進していたバスが、追分の交差点から旧中山道に入り400mほど戻ると堀辰雄文学記念館だ。 堀辰雄は旧軽井沢のバタ臭い雰囲気よりも、鄙びた旧宿場町の面影を愛したようだ。 晩年には旧脇本陣であった油屋旅館の隣に家を建て、49歳で永眠するまでの2年ほどを過ごした。 (油屋旅館は現在、旧中山道をはさんだ向い側に移っている) それが今、堀辰雄文学記念館になって、はるか昔に寂れた旧宿場町に彩りを添え、追分を堀辰雄の目を通して見ることを強いるのだ。 ...続きを見る

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2008/10/21 19:36
旧三笠ホテル
昔、旧軽にカフェ水野という、ちょっとスノッブな喫茶店があった。 10年前の軽井沢銀座の地図からはすでに、その名が消えてしまっているけれど。 いつの間にか流行からはずれて、そのうち閉店してしまったのだろうか。 当時は、レンガ屋だったか、銀座のイタリアンレストランのコックさんが出張してきて、美味しいグラチネ(玉ねぎスープ)やピザなどを出していた。 オープン・エアのテラス席があって、旧軽のメインストリートを行き交う人を眺めながら、お茶を飲むのが、おしゃれな気分だったのだ。 二... ...続きを見る

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2008/10/19 18:09
ル・ヴァン美術館 暮らしをデザインする・・・
ル・ヴァン美術館は創立当時の文化学院の建物を再現したものだ。 文化学院をつくった西村伊作についてほとんど知らなかった不明を恥じるほど、時代を先駆け、生活の細部に渡って革新を成し遂げた、興味深い人物だ。 ...続きを見る

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2008/10/17 20:41
塩沢湖畔にて
掛値なしのお嬢様だった朝吹登水子、自由学園で教えていた深沢紅子、抽象化された恋人たちを描くペイネ、・・・そしてこれから行くことになるル・ヴァン美術館は文化学院の創立者である西村伊作の功績を顕彰する施設である。 浮世離れした詩人たちの山荘と、塩沢湖周辺に散らばる小さな美術館は、ひとつの人工的な世界をかたちづくっている。 ...続きを見る

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2008/10/15 23:08
軽井沢高原文庫から
軽井沢は湿度の高いところだ。 夢うつつに軒先から滴の落ちる音を聞いて、雨降りかとがっかりすることがあるけれど、雨ではないのだ。 二重窓を開けて、新鮮な空気を入れる。 少し冷やっとするくらいが気持ち良い。 ...続きを見る

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2008/10/13 14:41
旧朝吹山荘「睡鳩荘」にて
朝吹登水子さんの別荘「睡鳩荘」が、塩沢湖畔(タリアセン)に移築されて、この夏から公開されている。 旧軽の最奥、二手橋近くの跡地は売却され、その地では現在工事が進んでいると聞いた。 ...続きを見る

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2008/10/12 12:38
軽井沢ウィスキー蒸留所にて
ナツヅタが赤く紅葉して、ウィスキー蒸留所の壁一面を覆っていた。 ...続きを見る

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2008/10/11 15:58
「古道」 古代日本人がたどったかもしかみちをさぐる
著者の藤森栄一は在野の考古学研究者として功績のあった人。 特に縄文農耕論が近年再評価されているということだ。 ...続きを見る

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2008/10/05 14:08
千羽鶴
言葉には言霊というものが宿っていると信じられてきた。 先日読んでいたマキューアンの小説「贖罪」にも同じようなことが書かれている一節があり、イギリス人の伝統にも、霊魂を負うた言葉を軽々しく口にしてはならないというタブーがあるらしいことを知った。 妖精の国イギリス人が怪奇な物語を好むことにも、この辺に理由がありそうだ。 ...続きを見る

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2008/08/14 21:10
「エレクトラ 中上健次の生涯」を読んで
中上健次の評伝「エレクトラ」を読む。 ...続きを見る

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2008/08/03 15:43
水の寺 海蔵寺
真夏の昼下がり、海蔵寺へ向かう。 人身事故のため湘南新宿ラインが大幅に遅れたので、鎌倉に着いた時はすでに日は高かった。 炎天下に出歩くのが異常な行動に感じられるほどの激しい日差しだった。 ...続きを見る

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2008/07/31 21:19
遊行寺にて
山号は藤沢山、寺号は清浄光寺。 時宗の大本山である。 ...続きを見る

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2008/07/29 21:25
光明寺
材木座海岸に光明寺を訪ねた。 二千年蓮を眺めながらお抹茶を頂く会が今週末に開かれるというから、蓮の花の見頃であろう。 ...続きを見る

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2008/07/27 10:02
由比ヶ浜にて
早起きして6時頃宿を出て、由比ヶ浜の海岸に下りて行く。 早朝から車でやって来た青年たちがサーフボードを抱えて海へ向かう。 朝は彼らの天下だ。 9時から夕方の5時まではサーフボードの持ち込みが禁止されているから。 ...続きを見る

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2008/07/24 18:43
フクロウとベゴニア
富士花鳥園のベゴニアの写真をアップしておきます。 全天候型の温室で、これでもか!というほどベゴニアの華麗な色彩に酔いました。 ...続きを見る

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2008/07/11 22:07
安国論寺 松葉ヶ谷法難の跡
鎌倉時代の東海道は、藤沢、腰越、稲村、甘縄、下馬四ツ角から名越、小坪、走水を通り、海路を経て安房に通じていた。 名越の街道周辺は庶民の家が建ち並んでいたようである。 鎌倉の東の場末といったイメージだろうか。 日蓮は安房を出て、鎌倉入りした時、名越近くの松葉ヶ谷に草庵を結んだ。 この草庵跡については、妙法寺、安国論寺、長勝寺が、それぞれ旧跡であることを主張しているようだ。 法難の跡についても同様である。 日蓮辻説法跡に至っては鎌倉の町の辻々が考えられるのではないか。 ...続きを見る

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2008/07/04 23:28
「とはずがたり」の鎌倉
「とはずがたり」の二条が鎌倉に滞在した日々の見聞について拾い読みしていて、ふと先頃読んだ、近世も末に無宿人として捕えられた衛門姫のことを思い出した。 江戸について書かれた随筆集の中でも、衛門姫が起こした珍事?は異彩を放って、読み手の心をわしづかみにした。 ...続きを見る

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2008/07/02 22:59
妙法寺 松葉ヶ谷にて
妙本寺をあとにして、妙法寺に向かう。 途中、通称ぼたもち寺こと常栄寺(日蓮宗)に立ち寄った。 名前からすると、門前で餅菓子でも商っていそうだが、静かな住宅地の狭い道に面した小さなお寺だ。 通称の謂れは、龍ノ口の刑場に引かれて行く日蓮に、この地に住んでいた桟敷尼がぼたもちを差し出した故事に因むそうだ。 この辺り、源頼朝が由比ヶ浜で行われる千羽鶴の放鳥を観覧したところという。 その時に設けた「桟敷」が地名となって残った。 続いて同じ並びにある八雲神社にお参りしていくことに... ...続きを見る

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2008/06/30 19:17
妙本寺  比企ケ谷にて
妙本寺は日蓮宗の大寺である。 日蓮が安房を出て三浦半島に上陸、名越の切通しを経て鎌倉入りして最初に草庵を営んだ松葉ヶ谷の隣りの谷に位置している。 比企能員(よしかず)の一族が屋敷を構えた地と言われ、現在は比企ヶ谷と呼ばれている。 ...続きを見る

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2008/06/28 13:20
紫陽花の寺 長谷寺
「どちらまでいらっしゃるのですか」 池袋駅で湘南新宿ラインの電車を待っていると隣に座っていた人が話しかけてきた。 リュックの横にマウンテン・ステッキがのぞいているのを目で指しながら。 時節柄アジサイの話になり、明月院の紫陽花が一色なのに、成就院は色とりどりであること、昨年はがけ崩れの工事等で見られなかったこと、そして長谷寺の山の斜面を埋め尽くすアジサイについても・・・。 ...続きを見る

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2008/06/26 21:36
花の寺 光則寺
江ノ電はウィークデーでもいつもこんなに混んでいるのだろうか。 住宅地の間をすり抜けながらのんびり各駅停車の旅を楽しむのが江ノ電かと思っていたのだが。 週末はホームへの入場制限さえあるそうだ。 ...続きを見る

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2008/06/24 23:24
極楽寺辺り
成就院の西の門を潜って極楽寺坂へ下り、西へ100mも行くと道端に「上杉憲方墓」と刻まれた石碑がある。 狭い階段を上って行くと住宅の裏手に苔むした五輪塔や層塔数基が建ち並んでいた。 歴史的遺物は思いがけないところで日常の生活空間に隣接している。 突然過去の亡霊が現れて六百年以上前の歴史を語り出す。 まるでお能の舞台で、シテが脇僧に懐旧談を語り始めるように・・・ と気取ってみたが 実は上杉憲方について、関東管領であったということ以外は何も知らなかったので 残念ながら、そ... ...続きを見る

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2008/06/22 23:53
花菖蒲 明治神宮御苑にて
Kさんにお誘い頂かなかったら、わざわざ都心まで花菖蒲見物に出かけることもなかったろう。 ...続きを見る

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2008/06/21 14:33
成就院 鎌倉にて
宿の朝食をとりあえずキャンセルして7時前に成就院を目指した。 地元の口コミから紫陽花の名所としてブレイク、昨今とみに人気の高い成就院。 明月院の混雑を耳にし、前日の長谷寺の行列に恐れをなして、早朝山門が開くと同時に紫陽花の群落と由比ヶ浜を一望におさめる戦略?だった。 開門は8時頃と聞いていたので、海浜公園で由比ヶ浜を背景に実朝の歌碑を見た後、成就院の飛び地にある虚空蔵堂にお参りしながら、ゆっくりと極楽寺坂の切り通しの道を歩いて行った。 ...続きを見る

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2008/06/19 21:14
久保田一竹美術館 再訪
美術館より30分に編集された久保田一竹のビデオが届いていたので、往路のバスの中で予習済みだ。 河口湖畔に一泊した次の日はまず久保田一竹美術館を訪ねた。 河口湖大橋を経てホテルの対岸へ。 ...続きを見る

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2008/06/16 18:09
富士山と河口湖
東京から富士五湖は日帰りコースだ。 そこをあえて一泊にしたので、「オルゴールの森」でゆっくり遊んだ後、遊覧船に乗り、宝石博物館へ寄り、早めにチェックインし、温泉を堪能した。 展望ルームに上り、夕暮れ時と夜明けの富士山を眺めた。 早朝の湖は、観光地になる遥か前の神秘的な風景を幻視させてくれる。 ...続きを見る

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2008/06/15 21:27
薔薇とオルゴールと 「オルゴールの森」にて 
10人の友人たちと河口湖畔で一泊した。 河口湖に到着してまず「オルゴールの森」を訪ねた。 薔薇が咲き乱れ、贅を尽くしたオルゴールの音に耳を傾ける。 思いっきりロマンチックな趣味に浸るのも悪くない。 ...続きを見る

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2008/06/12 23:08
蟹工船
世界経済がグローバル化する中で格差社会を容認する政府。 共産主義国家が自壊して以来、富の偏在を調整する圧力は急速に低下した。 「親の世代より豊かになれない」と言われたアメリカ社会の現実が、十年の時を経ずして日本のものとなった。 ...続きを見る

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2008/06/08 22:26
奈良へ 修二会の下調べ?
3月中旬の京都旅行 たまたま東大寺の修二会の時期に重なっていた。 奈良に宿をとっていなかったので、「おたいまつ」を見学するのは諦めたが、気にはなったので東寺特別拝観の後、近鉄線で奈良に向かった。 ...続きを見る

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2008/06/01 11:08
建仁寺
今まで建仁寺を訪ねたことがなかったというのは不思議だ。 明治の廃仏毀釈の折、境内地が半分近くに縮小されてなお、祇園のど真ん中に広い寺域を占めているこの寺を。 南側に六波羅蜜寺と六道珍皇寺、東に高台寺、そして清水寺に至る二年坂・三年坂という観光地、北に繁華な四条通を控えている。 花見小路を南下すると建仁寺にぶつかって、境内は南に抜ける通路になっている。 京都人が日常的に慣れ親しんでいる寺なので、観光客にとってもことさら見学対象として意識されないのかもしれない。 ...続きを見る

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2008/05/26 23:19
智積院
京都最後の日は雨。 雨もまたよし。 旅行でも意外に印象に残っているのは雨の日だ。 雨が自ずと人を内省的にさせるからだろうか。 雨の匂い、湿り気を帯びた空気、雨にかすむ風景・・・ ただ雨の音だけが静かに風景をつつんでいる。 ...続きを見る

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2008/05/21 20:47
深草の里
石峰寺で道を尋ね、宝塔寺へ向かった。 伏見稲荷大社と石峰寺に参拝して、当初の目的は達せられたので、その後は少々注意散漫になっていたのだろう。 宝塔寺では、寺名の由来ともなっている、京都最古といわれる多宝塔に気づきもしなかった。 ...続きを見る

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2008/05/19 17:16
石峰寺
伏見稲荷では、権殿(かりでん)は記録しているものの何故か本殿も拝殿も写していない。 ただただ千本鳥居が気になって先を急いだ証拠だ。 ...続きを見る

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2008/05/12 20:47
黄昏の横浜港にて
黄昏時、決まった目的も持たずに、そぞろ歩きたくなる季節になった。 海があり、煌めく夜景があり、適度な人混みの中に埋没する、切なくも幸せな時間。 行き交う家族連れやカップル。 それぞれの思い出がつくられる。 海風と樹木の放つ香りが混じり合い、黄金週間のささやかなシーンと重なって想起される日があるだろう。 ...続きを見る

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2008/05/05 22:28
塩船観音寺
’08.4.28 ...続きを見る

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2008/05/03 10:47
鎌倉最古の寺 坂東三十三観音霊場第一番 杉本寺
杉本寺はきれいに整備された鎌倉の寺々の中では一寸異質な感じのする寺である。 ガイドブックには「鎌倉最古の寺」 最古の寺と誰が言い始めたのだろう・・・ 坂東の観音札所第一番である。 ...続きを見る

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2008/05/02 09:35
オープン・エアでお食事は如何ですか? 浄妙寺
報国寺をあとにして、再び浄明寺バス停に戻り、北へ浄妙寺を指して参道を歩いた。 ...続きを見る

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2008/04/30 09:12
竹林に迷う 報国寺
バスは、六代御前の墓の前を過ぎると間もなく逗子駅だ。 その日は鎌倉に泊まり、翌日はまず報国寺に向かった。 孟宗竹の庭が有名な寺だ。 ...続きを見る

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2008/04/28 09:17
光眩く  神奈川県立近代美術館葉山館
陽光に溢れた相模湾。 その一色海岸に面して神奈川県立近代美術館の葉山館がある。 近代美術館としては鎌倉八幡宮境内のそれは1951年竣工というのだから、最も早くに設立された近代美術館ではなかろうか。 学生時代からしばしば訪れた。 次々と最新式の機能を備えた美術館が建設される中で、鎌倉館はすでにレトロな「近代」の風格を漂わせている。 収蔵品が増えるに従い鎌倉別館(1984年)ができ、ここ葉山にも葉山館(1999年)ができた。 ...続きを見る

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2008/04/26 15:54
潮騒につつまれて 葉山にて
鎌倉駅の雑踏を離れ、葉山に来ると少しほっとする。 ...続きを見る

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2008/04/24 20:30
鎌倉宮に詣でては・・・♪
湘南新宿ラインが開通してすでに6年経つのだが、乗り換えなしではじめて鎌倉に行ってみた。 池袋発9:42 通勤客で混み合う車内、小雨が降っているので湿度も高い。 おまけに事故があり、新宿駅手前で完全にストップ。 イライラ感が募る。乗客はひたすら我慢。到着が遅れる旨伝える社内アナウンス。 ありがたいのは、山手線の駅は、池袋、新宿、渋谷、恵比寿、大崎以外は通過すること。 (因みにこのラインは大崎駅では貨物路線を使っている) 恵比寿ではほとんどの乗客が座ることができた。 ... ...続きを見る

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2008/04/22 16:13
石味というもの 鎌倉にて
「石味」という言葉をはじめて知った時、まだその「味」というものがよく分かっていなかった気がする。 ひしゃげた石塔・・・ 塔は、軽やかに、そう三島由紀夫が薬師寺の東塔を評した言葉のように 「凍れる音楽」であって欲しいもの。 そんな風に考えていたに違いない。 ...続きを見る

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2008/04/19 19:07
葉山にて
二階の部屋のドアを開けると、目の前に海が広がっていた。 ついこの間まで日の短いことを嘆いていたような気がするが いつか日は延びて、長い間西陽が部屋を照らしていた。 ...続きを見る

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2008/04/17 18:14
祇園へ
新幹線も伊吹山を通り過ぎると、いよいよ京都。 ...続きを見る

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2008/04/13 14:19
立体曼荼羅 東寺講堂
21体の仏たちが揃う。 東寺が下賜されてから、空海の構想の核心は講堂に居並ぶ仏たち、羯磨曼荼羅にあったと思われる。 華麗なレヴュー!の前で、我々は何を為すべきなのだろう。 密教の修法や儀式は通常、図絵曼荼羅を本尊として用いるという。 そこへ、この立体曼陀羅が構想された。 ...続きを見る

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2008/04/12 09:24
王城守護 東寺金堂
意外なことに、東寺は度重なる戦火にもかかわらず被災することが少なかったという。 後醍醐天皇が配流先の隠岐より還御した時も、足利尊氏が陣を構えた時も、東寺は歴史の表舞台に立っていたはずだ。 落雷などの天災以外、文明年間の被災を除けば、さしたる被害を蒙ることがなかった。 空海以後優れた僧を輩出することなく存亡の危機にあった時も、何とか東寺は生き延びている。 即身成仏後の空海が、伝説となってなおも東寺を守ったのだろうか。 ...続きを見る

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2008/04/10 09:46
破損仏の語るもの 東寺食堂にて
宝物館などにひっそりと収蔵されている破損仏に出遭うことがある。 唐招提寺や湖北で、ひどく傷ついた仏たちを観たことを思い出す。 すでに祈りの対象であることをやめ、その損傷ぶりから美術品としての生命も終えている。 今回も思いがけず破損仏に対面することになった。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2

2008/04/08 09:13
灌頂院 東寺にて
灌頂院は殺風景な建物である。 裳階(もこし)つきの大屋根が見る者を威圧する金堂や華麗な羯磨曼荼羅で荘厳された講堂から離れて 東寺西南の隅にいつもはひっそりと鎖されている。 もとより大師堂のように庶民信仰で賑わいをみせるわけでもない。 ここは密教の修法や伝法の灌頂が行われた特別の空間である。 真言宗の寺院において実は最重要の位置を占めている。 空海によって日本にはじめて紹介された建築だということだ。 本来はこの土地には西塔の建設が予定されていたらしい。 ...続きを見る

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2008/04/06 09:28
護国の寺 東寺
京都といえば、まず美しい庭や門跡寺院の雅ともいえる佇まい、桜や紅葉の季節の、自然と伝統的建物が織りなす調和に溜息がもれることだろう。 御所あり、二条城あり、祇園などの色町あり・・・。 京都が江戸時代に成立した巨大なテーマ・パークと見るのは必ずしも乱暴な見方でないと思う。 ...続きを見る

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2008/04/03 19:35
京の雛めぐり
ふと定期観光バスに乗ってみたくなる。 バスガイドさんの名調子が懐かしい。 声の独特のリズムに、観ることよりも午睡の夢へと誘われそうだ。 歌をうたうような抑揚がたちまち風景を既視感でもって彩る。 あなたまかせの道中は確かに夢に似ている。 それがなぜか懐かしいのだ。 ...続きを見る

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2008/03/26 21:01

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