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zoom RSS 光に満ちた世界 波心庭 東福寺光明院にて

<<   作成日時 : 2017/07/09 21:19   >>

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本堂(仏殿)と三門の威容を仰ぎ見て、東司を連子の間からのぞいた後、勅使門を潜った。
閑静な住宅地の中を歩いてゆくとほどなく光明院の門が左手に見えてくる。
東福寺境外塔頭のひとつ、ここには重森三玲の初期の代表作「波心庭」があるのだ。
拝観は日没まで。
朝が早いお寺は夕方には早々に閉門してしまう。
光明院をこの日最後の訪問先にしたのは、昼の長い時季は遅くまで開いているからだ。

訪れる人も疎らで、拝観客に煩わされず、静かに「虹の苔寺」の異称を持つ、光明に満ちた庭園に向き合うことができる。
とはいえ、予め解説されなければ、散漫に石の点在する庭の意味をにわかには理解しかねる。
それでも日本人ならば、三尊石の配置が何となく観取され、それも3組の三尊石の存在がやがて見えてくる。
釈迦三尊、阿弥陀三尊、薬師三尊。
それらの仏たちが発する光明が、大海に見立てた白砂の庭に満ち満ちている。
これで救われぬ衆生があるとは思われぬほど隈なく、慈悲が遍く照らしているのだ。
縁先に座って庭を眺めていると、仏たちの采配する宇宙、そのビジョンを発見した人類の知恵に驚かずにいられない。

「庭は地上に描かれた絵画であり、立体的構成を基本とする彫刻」と語る三玲の庭はしだいに抽象性を強めていったようだ。
波心庭はまだ具象の庭に近い。

雲無生嶺上 月有波心落

「雲は嶺上に生ずることなく、月は波心に落つること有り」(煩悩がなければ仏心という月は波に映る)という禅語より撰し、『波心庭』と呼ばれる。
枯池の汀に埋め込まれた石は、岸に激しく打ち付け、泡立つ波をイメージさせる。

日本人でもあまり訪れる人のない寺に、ガイドの説明に聞き入っている外国人の姿が見られた。
日本文化の中で育った我々に比べればはるかに初々しい異文化の視線に、この庭はいったいどのように映じるのだろうか…
もし、私たちに遠からず精神的な救いと癒しを見出すなら、文化の基底に普遍な感受性が宿っているからだろう。

下記のブログに、紅葉の頃の光明院の眩い景色が掲載されています。
http://kwcphoto.exblog.jp/24976381/




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拝観料は志納。
受け付けは無人で、300円が相場だそうだ。

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光明院をあとにする。                          ’17.6.12
東山三十六峰南端稲荷山の裾より、京阪電鉄・鳥羽街道駅へ。



                                          つづく

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
どこかで見た記憶があるなぁ・・・と思ったら、以前、友人に連れて行ってもらったお寺でした。
松竹梅のお庭・・・としてしか記憶しておらず、光明院という名前とつながりませんでした(苦笑)。
記事を拝見して、お庭の意味を初めて知りました・・・
ウリ坊
2017/08/06 01:09
ウリ坊さん、ありがとうございます。
日没まで開門しているというのは、ありがたいです。
日暮れ時の静けさをゆっくり味わうことができます。
松竹梅のテレビコマーシャルはこちらで撮られたのですね。
確かにこの庭に面した座敷でお酒を吞めたら最高です。

2017/08/07 21:21

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