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zoom RSS ロマノフ王朝展 東洋文庫にて

<<   作成日時 : 2017/02/07 23:47   >>

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「ロマノフ王朝時代の日露交流」「トルストイに初めて会った日本人 小西増太郎」というふたつの講演を聴くために東洋文庫を訪れた。
北方4島をめぐる今日の日露の駆け引きに鑑みて、両国の因縁は興味深い。

2017年はロシア革命から100年、つまりロマノフ王朝が滅亡して100年という節目の年に当たっており、東洋文庫では特別展示「ロマノフ王朝展」が開かれている。
江戸時代からロシアの南下政策は日本にとっての脅威だった。
ペリー来航をはるかに遡る時代よりロシアは中国を除くと一番リアルな外国だったに違いない。
講演は大阪大学名誉教授・生田美智子氏と講師の有宗昌子氏の話だった。
生田氏は主にロシア沿岸に漂着した漂流民が期せずして日露交流・草の根外交の先駆けとなった歴史について語られ、人と歴史の数奇なかかわりについて当時を思い、数々の冒険譚に心躍るような感慨を覚えた。

東洋文庫にはモリソン書庫があって、見学の理由の一つに、書物のオーラを浴びる、というのがある。
多くの人にとって夥しいコレクションのほとんどが読解不能な言語で著述されているだろう。
それが却って、欧米にとって東洋が未知であった時代を追体験させるかのようだ。
私たちが一生の間に読める書物には限りがあり、自家薬籠中のものにできる知識はほんのわずかであることを否応なく思い知らされる。

人生は短い…
われ万巻の書物を読みぬ、されど肉体はかなし…、と言ったのはマラルメだ。
モリソン氏でも、コレクションのすべてを読んだとはとても思えない。



※ 冒頭の写真はニコライ2世の東方旅行記
ニコライ2世は皇太子時代に訪日し、巡視中に突然警官に斬りつけられた(大津事件)
以下の写真に付したキャプションは展示会場に掲示された解説を要約したものです。


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サハリン島(1905年刊)
チェーホフによる流刑地の実態調査記録。
貧困・病気・退廃が蔓延する囚人島の現実は、チェーホフに生の意義を問い直させることになった。
以後「桜の園」などの名作を次々に生み出すきっかけを作った。

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1F展示室「オリエントホール」
これだけ長い展示ケースは珍しい。

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ミハイル・ストロゴフ(1876年刊)
「八十日間世界一周」「海底二万里」などで知られるSF小説の名手ジュール・ベルヌによる歴史小説。
ロシア皇帝アレクサンドル2世の治世を舞台にして
密使ミハイル・ストロゴフがモスクワからイルクーツクまでを駆け抜ける冒険譚。
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カムチャッカ紀行(1827年刊)
スウェーデンの動物学者ステン・ベルクマンによるカムチャッカ調査見聞録。
ベルクマンは同時期に千島列島を訪れており
アイヌの人々が自然と共生する姿を記録した「千島紀行」を残している。

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カムチャッカ誌(1764年刊) 1973年の複製
著者のクラシェニンニコフはベーリングの第二次カムチャッカ探検隊に参加し
自然史・民族学・言語学等の調査に従事した。
カムチャッカに漂着した薩摩のソウザとゴンザへの言及がある。
彼らはアンナ女帝に謁見して、ロシア語を学び日本語教師となり
世界初の「露和辞典」を編纂し、ロマノフ王朝における日本研究の礎をつくった。

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西伯利亜(シベリア)日記(1935年刊)
幕末から明治の政治家・榎本武揚がシベリアを横断した際の日記。
サンクトペテルブルクに滞在していた武揚は、露土戦争の影響でヨーロッパ経由での帰国ができなくなり
ウラジオストクまで馬車などを使い66日間かけて横断した。

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北槎聞略(ほくさぶんりゃく)(1794年成立 1932年刊)
1782年、伊勢国を出発した運輸船が暴風によりロシア帝国領に漂着。
船頭の大黒屋光太夫と船員2名は1792年に帰国して
彼らの漂流譚を「解体新書」の翻訳に協力した蘭方医・桂川甫周が記したもの。
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近藤正齋(せいさい)全集(1905年刊)
幕臣の近藤重蔵(号は正齋)は北方探検家として知られている。
幕府の蝦夷地調査隊に属し、蝦夷地開拓の基礎を築く。
当時の地図や資料をまとめ、多くの著作を残した。
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モリソン書庫


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企画展示「ロマノフ王朝展」


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トバエ(1886年刊) 東洋文庫の名品より
フランス出身の画家・漫画家ジョルジュ・ビゴーが描いた風刺画。
当時ヨーロッパでは日本趣味(ジャポニズム)が流行していた。
ビゴーは日本美術を研究するために来日した。
雑誌「トバエ」の中で、自国の伝統ある文化を忘れて、西洋文化を追い求める日本人の姿を嘆いて、風刺的に描いている。
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ミハイル帝の治世と空位の時代
ミハイル・ロマノフの子孫が300年間ロシアを統治することになるが、ロマノフ家の起源はよくわかっていない。
一説にドイツ系だといわれている。
モンゴル帝国を継承したモスクワ大公国(リューリク朝)の統治下では下級貴族にすぎない。
一族のアナスタシアがイヴァン雷帝の第一夫人に迎えられてから有力貴族になる。
イヴァン雷帝死後、リューリク朝が断絶すると、大公国は動乱の時代に入った。
ミハイル・ロマノフはアナスタシアの血縁であること、ポーランドからモスクワを奪還した功績からツァーリとして即位した。
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イエズス会士書簡集(1780−83年) 東洋文庫の名品より
18世紀にカトリックのアジア宣教を担ったフランスのイエズス会士による報告書。
マリー・アントワネットが所有していたといわれる。

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東洋文庫の創設者・岩崎久彌の孫娘、由美子さんの雛人形。
京人形司の老舗「丸平大木人形店」が手掛けたもの。

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日本幽囚記(1818年刊)
ロシアの軍艦ディアナ号の艦長ゴロヴニンは、1811年調査測量の途中で国後(クナシリ)・択捉(エトロフ)島に来航したところ、幕府の守備隊に捕らえられる。
約2年間の捕虜生活の間、間宮林蔵らと交流し、ヨーロッパの知識を伝え、日本の情報を収集した。
本書はその経験を著述したもので、図はゴロヴニン釈放の際に日露交渉に尽力した高田屋嘉兵衛の肖像。
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知恵の小径                                ’17.2.5


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