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zoom RSS 「罪の終わり」を読む

<<   作成日時 : 2017/01/19 11:27   >>

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東山彰良著「罪の終わり」を読み終えた。
2016年の第11回中央公論文芸賞を受賞した作品である。
林真理子と浅田次郎の選評がよかったので、軽い気持ちで、読書会の課題図書として提案した。

本のカバーには、暗色のコートのフードを目深にかぶり、半身の後ろ姿を見せた一人の男が荒野?を横切ってゆく。
副題に“JESUS WALKING ON THE WATER”とあり、或いは水上を歩いたというキリストの伝説になぞらえているのであれば、足下は氷結した湖だろうか。

前半は小説的面白さが読者を惹きつけ、ぐいぐい引っ張ってゆくのだが、最後の三分の一くらいは参考図書の引用を含め、「黒騎士」を追跡する語り手・ネイサンによる説明的な文章へと変化し、興ざめな気持ちが読書を失速させた。
フィクションであれば、最後まで思考実験を徹底して、創作の妙味をあじわわせて欲しかったと思う。

本書の主旨は、聖書をもとに、キリストがいかに神格化されていったかを、著者の想像力が黒騎士ナサニエル・セイレン(ナット)に仮託して示されている。
飢餓状態における「食人」がまるで踏み絵のように扱われ、罪悪感をともなう象徴的行為として描かれる。
飢餓状態における已むに已まれぬ行為を保証するのはナットの「罪による罪の浄化」という考え方である。
意識の持ちようによって現実は変容する。
(確か開高健にもカニバリズムに関する著作があったような気がする)

大岡昇平は「野火」を書き、旧日本軍の部隊が崩壊した時、山野を彷徨する兵隊たちに起きた人肉食から、人間的に生きる、とは何かを問うた。
食べるために殺人を犯すのは凄惨極まりない罪悪となるだろう。
一方、自然死した死者を、肉塊に過ぎない食糧と考えることに、いかほどに倫理観、タブー意識が付きまとうものだろうか。
古代社会では、ある部族は死んだ身内の力を我が身に取り込むために、その肉を食べるという風習があったそうだ。

本書は「食人」というショッキングな出来事を通して、近未来社会の危機的状況の中で、神を待望する人々の心が、兄を殺したひとりの男を神格化してゆく経緯を描いている。
ニーチェは「神は死んだ」という言葉でヨーロッパ世界の危機を表明したが、ここでは神が産み出されている。

ジャズ喫茶バンカでの読書会は、北陸・東北が大雪に見舞われた日の夕暮れ時。
二人だけの読書会となった。
映画通の友人との会話はしぜん、映画へと流れ、次の課題図書を西川美和著「映画にまつわるxについて」にしましょう、ということになった。

※ 罪の終わり  東山彰良 著  新潮社(’16.5)

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