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zoom RSS 相馬御風さんのこと 母の思い出から

<<   作成日時 : 2017/01/03 21:47   >>

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あけましておめでとうございます
ブロガーの皆さん、また古くからの友、たまたま拙ブログを訪ねてくださった方、旧年中はありがとうございました。
本年もどうぞよろしくお願いします。

1月3日、今日の天声人語では、糸魚川の大火に関連して、相馬御風さんのことに触れていた。
糸魚川出身の詩人で評論家、相馬御風の名を知っている人は現在どれくらいいるだろうか。
早稲田大学のカレッジソング「都の西北」や童謡「春よこい」の作詞者であるといえば、頷かれる方も多いだろう。

相馬御風さんはなぜか32歳という若さで東京を離れ、生地糸魚川に隠棲している。
天声人語氏は火災後の糸魚川を訪れ、まず御風氏旧宅を目指したという。
そして火災の多い糸魚川の歴史に触れ、過去の被災体験を詠んだ御風さんの歌を紹介している。
御風さんなどとさん付けで呼ぶのは、同じ糸魚川出身の母が相馬御風氏の風貌をまだよく覚えていて、折節思い出を語ってくれるからだ。

南京陥落というより南京事件と呼ぶべきかもしれないが、小学生による旗行列が行われた時のこと。
御風さんは自宅の玄関先に出ておられて、行列の先頭で校旗を掲げた少女のあいさつを受けられたという。
御風さんに「ごくろうさま」と言われたことを母は記憶していた。
白髪で「おじいさんだったわよ」と母。
南京事件は昭和12年、1937年のことだから、1950年に没した御風が54歳の頃のことだ。
小学生の少女にはずい分年寄りに見えたのだろう。
御風は被災時に避難を勧められても生涯糸魚川を離れることなく、多くの校歌を作詞している。
同じ糸魚川出身の作家利根川裕氏は御風さんの弟子で、校歌づくりの要諦を尋ねたところ、海、山、川の固有名詞を入れること、と教わったそうだ。

糸魚川を訪れたある評論家が、糸魚川の町は御風さんをたいせつにしていない、と憤慨したとのこと。
良寛風の仮名文字を書いたこと。
糸魚川には御風さんの書を持っている家が多いという。

青空文庫に相馬御風の「実物と模型」という随筆が掲載されているので、興味のある方は是非閲覧してみてください。



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1月2日 母と墓参
なだらかな丘陵の高台から眺めてみると、供花されているお墓が目立ち、お正月に墓参される方が多いことがわかります。
風もない穏やかな日和のせいもあるのでしょう。
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                                           ’17.1.2
管理棟の休憩室で、お重を広げられているご家族がおられました。
霊園でも長閑なお正月風景です。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
相馬御風さんって、初めて知ったのでちょっとググってみました。とてもたくさんの校歌を作っておられてびっくりしました。
空さんのお母様〜まさに歴史の生き証人ですね。 
ウリ坊
2017/01/08 20:03
ウリ坊さん、ありがとうございます。
母は今年90歳になります。
一世紀近くも生きていると「いろいろなことがあったわ〜」
特に幼年期から結婚前の記憶が充実しているようです。
まず身近な高齢者からいろいろな話を聞いて、できれば記録しておきたい、と考える昨今です。

2017/01/09 11:32

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