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2004.11.9 義経堂のある高館跡よりの眺め。 足下を北上川が蛇行して流れ、対岸正面に駒形山が見えます。 陰に隠れているのが西行も歌にうたった束稲山です。 この高館跡からの眺めは最高です。 左手(北方)に目をやると衣川と北上川の合流点が確認できます。 弁慶が立ち往生したと伝えられているところです。 「衣川は和泉が城をめぐりて、高館の下にて大河に落入」と芭蕉が書き 「笠打敷て、時のうつるまで泪を落し侍りぬ」と 「夏草や」の句を詠んだところです。 「奥のほそみち」は純粋なドキュメントではなく虚構の産物だそうですが ここのところなど特に素直に共感を覚えます。 藤原三代の歴史はまさに藪の中。 北上川は激しく流路を変えているため 現在の地形の中に三代の跡を再現するのは難しいかもしれません。 高館跡に建つ芭蕉の句碑 「奥のほそみち」の本文付きです。 柳の御所跡 資料館の横の高台から北方を眺めたところ。 正面の小山は高館跡です。 その背後左手に連なるのが関山中尊寺です。 バイパスをつくるため平成10年に北上川の流路を東側に移す改修工事が行われたそうです。 標高差が小さいため、遊水地をたくさん設けているようです。 窪んだ部分がかって北上川に注いでいた猫間ヶ淵かと思っていたら、その内側の濠跡であることを館員が教えてくれました。 猫間ヶ淵と北上川に挟まれた高台に清衡・基衡の邸跡と言われる柳の御所があったのです。 泰衡が敗走中に火を放った平泉館というのがこれではないかと推測されています。 政庁でもあり主用部分はとても高い塀で囲われていたということです。 柳の御所資料館 秀衡・泰衡の伽羅の御所跡、秀衡が宇治平等院を模して建立した無量光院跡もこのすぐ近くに位置しています。 いずれも「跡」に過ぎず住宅地に挟まれた田圃などになっています。 当時この辺りは平泉の一等地だったようです。 毛越寺 「夏草や兵どもが夢の跡」の 新渡戸稲造による英訳及び毛筆による揮毫だそうです。 The summer grass 'Tis all that's left Of ancient warriors' dreams. 「夏草や」の句碑。これは文化3(1806)年建立。 この左に安永7(1778)年の句碑がありますが、ほとんど読めず、その模刻だそうです。 背後は大泉が池で、この句碑の建っている場所はかっての南大門から東西に延びる塀のあった辺りです。 南大門跡 「三代の栄耀一睡の中にして、大門の跡は一里こなたに有」と芭蕉も書いています。 この毛越寺南大門が平泉の表玄関だったようです。 それぞれの堂宇の跡を礎石によって知ることができます。 池と遣水の遺構だけが往時を偲ばせます。 そのスケールが京都より5割程度は確実に大きい感じで、より浄土的な幻想性に溢れた印象を与えます。 大泉が池を視野に入れた瞬間、箱庭的な京都のスケールに慣れた目は酩酊感すら覚えます。 対岸をそぞろ歩く人がとても小さく見えます。 新本堂 この左手に宿坊・ユースホステル・宝物館が並んでいます。 本来の毛越寺の境内の外に位置しています。 こちらに宿泊すれば、拝観時間前、早朝の幻想的な浄土式庭園を眺めることができるかもしれません。 大泉が池 塔山が借景になっています。 この右手に秀衡が金の鶏を埋めたと伝えられる金鶏山があります。 あやめ池の向こうに開山堂 校倉造と思う前に「あっ、ログハウス」という印象を与えます。陸奥風です。 金堂円隆寺跡 本尊は運慶の作による丈六の薬師如来だったということです。 大泉が池の正面に位置し、両翼の先端に鐘楼と鼓楼を備えていたようです。 寝殿風の回廊をめぐらした大建築を想像すると、やはり宇治平等院に似た浄土庭園が脳裏に浮かびます。 この手前に嘉祥寺と講堂の礎石があります。 円隆寺跡の向こうに見えるのは常行堂 遣水 平安時代の遺構としては日本で唯一のものだそうです。 常行堂 正月二十日に延年の舞が奉納されるのがこのお堂です。 この右手に法華堂跡がありますが、ともに常行三昧・法華三昧という天台の修法の道場です。 観自在王院跡 毛越寺の東側の塀越しに観自在王院の池を眺めることができました。 背後に駒形山、束稲山などの稜線が見えます。 観自在王院は基衡夫人の別荘を寺にしたもの。 大泉が池の州浜 日没時の景色は特に美しいのだそうです。 そろそろ日が傾き、絶景が拝める時も間近。 この地点にカメラマン氏が三脚を構えていました。 西方を見ています。 プランの半ば以上を消化して、この後平泉駅に向かいました。 一ノ関行きのバスがなかなか来ません。 隣にいた老婦人が「田舎のバスだから・・・」と自嘲気味にポツリ。 バスを待つ学校帰りの小学生がふざけ合っているうちに喧嘩になりそうになりました。 その時、穏やかな表情を一変させて一喝したのもその方でした。 ちびっ子たちは忽ちシュンとなりました。 一ノ関は様々な分野において学者を輩出した文化的な土地であることを改めて感じたのでした。 つづく |
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