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http://www.bk1.co.jp/isbn/4-16-321950-1 桐野夏生という人はゲレンデでは専ら直滑降で一気に滑り降りるのだそうだ。 曰く、前方に障害物の無い限りターンする必要はない、とか。 「グロテスク」(2003年刊)を読む。 なるほど直滑降だな・・・、と思う。 Q高校における女子高生たちの情け容赦のないサバイバル。 他人より優れたい、という強烈な欲望。 それはユリコという「奇怪なくらい」美しい少女の出現によって加速される。 文学というのは素敵だ。 「怪物的な美しさ」は文学だからこそ可能だ。 その虚構を読者は、逸脱一歩手前のスリルを感じながらも日常の安全圏内で楽しむことができる。 偶然に鈴木京香という女優を見かけたことのある友人が 「何だ、このきれいなOLは?」 と、その時思ったそうだ。 意外に地味な服を着ていたので、周囲の風景や基準から逸脱する美が殊更浮いて見えたのだろう。 そのようなオーラを発する美は、一瞬、異常な感じさえするものか。 しかし、現実はやがて色褪せる。 いつまでも強靭であり続けるのは実は虚構の方だろう。 そのフィクションにまんまとはまって536ページ一気に読み終えてしまった。 事実というものが複数の語り手によって複数の真実を持つ、というこの小説の手法は映画「羅生門」やその原作である芥川龍之介の「藪の中」などの先例があるので、別段目新しいものではない。 圧巻は慶応高校がモデルと思しきQ高校で、厳然と成立している「階級性」とあくまで一私立校内での基準ではあるがその世間的な判定に対してそれぞれのスタンスで臨む少女たちの果敢な闘争である。 「東電OL殺人事件」を下敷きにしている事件の犯人、不法入国者チャンの言葉が象徴的である。 中国人は生れた場所によって運命が決まる・・・と。 人間は出生時すでにその後の人生のいくらかが決定づけられる。 それを認めたがらず過剰な努力によって抜きん出ようとする和恵は、言うまでもなく東電OLがモデルである。 あのショッキングな事件が起きた当時、エリートOLの心の闇、という風なタイトルで盛んに週刊誌が書き立てていたように記憶する。 世間の基準に合わせ評価されたいという欲求が強いほど、自己を喪失し、心中に空漠たる虚無を抱え込む。 そんなことは自明なのだが、和恵は憑かれたように努力する。 勉学にも、またユリコという天性の美貌に近づくことも努力によって可能だと思い込む。 少女たちの思春期も、待ち構える男社会での処世も、非常に過酷である。 和恵はそれを鮮烈に意識するだけで、尋常な方法で精神の危機を克服しバランスをとる術を知らない。 退社後、娼婦に変身することによって、精神のバランスをとり昼の世界をも生きることができると思っているが、次第に自壊し、ついに殺害されてしまう。 この小説の面白みは、赤裸々な本音が、洗練されオブラートに包まれた現実の人間関係を撃ち、抑圧された欲望が浮上するリアリティにある。 誰でも多少なりとも思い当たる節があるのではなかろうか。 だから、娼婦となった和恵の日記が実は最もつまらない。 作者は和恵の告白こそを書きたかったようだが、語り手である(ユリコの)姉による客観的な和恵の生態の方がはるかに面白い。 ユリコという尋常ならざる美が、美ゆえに容易く万人を説得してしまう現実を前にして、ユリコを取り巻く人々は、自らのアイデンティティをかけて、同等の価値を手に入れようともがき続け(和恵)、或いはさっさと土俵から降りて他の土俵を見出すかする(ユリコの姉、ミツル)。 ところがユリコが娼婦に転落してゆくのをなぞるように、和恵も主なる語り手である姉も娼婦へと「逸脱」してゆく。何と、あの優等生ミツルまでもがオウムがモデルと思しき新興宗教教団に入り、殺人事件に加担し服役するのだ。 内面を描くかに見えて、実は徹底的に外から描いたフィクションだと言える。 嫉妬もねたみもそんなものは内面ではない。 厳然と個人の前に立ちはだかる壁は、美と規範である。 反発も順応もサバイバルするための動物的な反応に過ぎないのだ。 生存本能を越えて、過剰に溢れ出るもの。 それこそ、あまりに人間的だ。 ユリコを、和恵を、死へと誘惑するもの。 それは、言語によって語られるものではなく、ただ行為によって指し示されているような気がする。 東電OLの心の闇は、いくら追求してみても抽象に終わるだろう。 ただ彼女がどのように行為したかが衝撃的なあまり言葉は沈黙するのだ。 桐野夏生のフィクションが現実を越える迫力を持つ反面、最もショッキングであるはずの娼婦の日記が今ひとつ凡庸なのは何故だろう・・・。 娼婦であるということがすでに「日常」だからなのだろう。 生きている実感を味わわせる解放感もひりひりする恐怖も持続しないはずだ。やがて陳腐化し圧倒的な世間の壁に阻まれて崩壊するだろう。 妄想が奇怪な現実を生むのか。 現実は、暗に期待されるような奇怪な姿をどこまでとれるのだろうか。 妄想の方が一歩現実を先んじて、私たちの耳目は決して満足させられることがない。 脳みそは退屈が大嫌いなのだから・・・。 |
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東電OL殺人事件/佐野眞一
佐野 眞一 東電OL殺人事件 ...続きを見る |
常夏本屋さん 〜本好きな人集まれ〜 2006/08/14 22:28 |
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はじめまして。 |
常夏 2006/08/14 22:30 |
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